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線路脇にて

これは、わたしの幼い頃の記憶。

幼い、といっても、自転車に乗って、一人で出かけていたのだから、小学生にはなっていたのだろう。

ある日、わたしは自転車の前輪を持ち上げて、線路を渡ろうとした。

なぜそんなことをしたのかは、覚えていない。

今では、信じられない行為のように感じるが、あの頃は、そういう行為に対しては、まだ緩やかな時代だったように思う。

そこには、踏切も、侵入禁止のゲートもなかった。あの頃の田舎の線路は、盛り土がしてあって、ただその上に、線路だけが敷かれていた。

おそらくわたしは、いつものように、線路を渡ったのだろう。
いつものように、安全確認もしたはずだった。

しかし、その日は、いつもと違っていた。

自転車の前輪を持ち上げて、線路の片方を越えたところで、どこからか、汽笛が聞こえた。

右側に目を向けると、遠くから列車がどんどん近づいて来る。

(あ、マズい。)

わたしは、何故かとても冷静に、焦ることもなく、前輪をもう一度持ち上げて、後方に戻った。

ホッとしたのも束の間、間も無くして、わたしの目の前を、列車が駆け抜けていった。

ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン.....

わたしは黙って、左手に列車が過ぎ去って行くのを見送った。

(...もしかして、危なかったのでは?)

冷静だった行動とは裏腹に、わたしは時間が経つにつれて、出来事の重大さを実感した。

(かなりマズいことになるところだった。)

わたしは、そう感じていた。

だから、このことは、親には言えなかった。

いまだに、親にこの話をした記憶がないとうことは、これまで話題にすら、したことがないのだろう。

そして、あれ以降、わたしは、この線路を横切った記憶がない。

おそらく、懲りて、二度と線路を横切ろうとは思わなくなったのだろう。

愚かなわたし....

失敗から学ぶ前に、命を落とさずによかったと、今になって、わたしは胸を撫で下ろしている。

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