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【総集編】ベランダに天文台を作った話

はじめに

これは Astro Advent Calendar2022 19日目の記事です。

てんもん‐だい【天文台】
読み方:てんもんだい

天体の観測および研究に従事する施設。

weblio辞書(https://www.weblio.jp/content/天文台)より

それを「天文台」と呼ぶには、あまりにお粗末かもしれません。正確には「ベランダに望遠鏡とカメラを設置し、居ながらにして天体撮影が可能な設備」を作ったというお話です。ごめんなさい、それでもここでは「天文台」と呼ばせてください。

きっかけ

2022年のまだ寒さ厳しい折、僕の懐は木枯らしが吹きっぱなしでした。その現状をなんとかしようと、2月の終わりに愛車デミオを売却したのです。前職時代、社会人2年目にして購入したその車には、思い出がたくさん詰まっています。

掌にはまだハンドルの合成皮革の感触を鮮明に残しながら、その同じ手で買取業者から受け取った◯◯万円の現金。まるで、お金と引き換えに最愛の恋人を渡してしまったかのような喪失感に、しばらく胸を焦がしたものでした。

機材運搬のため、デミオの荷台を手作りしたことも

さあ、これで車の維持費負担は格段に軽くなりましたが、天体撮影のため遠征するにはレンタカーを手配しなければならず、ちょっと腰は重くなりました。手元には、WilliamOptics RedCat51やZWO ASI294MM Pro、またEFWに身を収めたフィルターら諸君が「次はどこに連れて行ってくれるの?🙄」と僕に訴えかけます。

冷却モノクロCMOSカメラとその仲間たち

それならば「ベランダに天文台を作ろう!」と、恋人と引き換えた現金を握りしめながら、そう決心したのでした。

これまでのベランダ天文台

さて、実はベランダに望遠鏡を設置したのはこれが初めてではありませんでした。狭いスペースに無理やり三脚を広げたところ、生活になくてはならない洗濯機と干渉してしまったこんなスタイルや――

ベランダ天文台・第1号(2020)

ベランダの手すりに三脚を畳んで括り付けたこんなものが、その例です。

ベランダ天文台・第2号(2021)

そして、今回作る第3号の一番のコンセプトは「望遠鏡とカメラの常設」です。理由はかんたん。望遠鏡を毎回出すのが面倒だから。そして、落下の危険を最小限にしたいから。

望遠鏡の仮組み

望遠鏡を毎回出し入れしなくてもよいとなると、ちょっと攻めた機材構成にしたくなるのが人の心というものですね。たとえば、20cmニュートン反射をよいしょっと。不安定な足場、落下したら終わり、というプレッシャーが鏡筒を一層重く感じさせます。まだ肌寒い季節だというのに、額に汗しながら載せました。

20cmニュートン反射望遠鏡を仮組みしたようす

いやいや、そんな馬鹿なという光景。ちょっとこのサイズ感で据え付けて振り回すのは危険すぎるので、却下せざるを得ませんでした。結果的に、この記事の冒頭で紹介した赤い望遠鏡・カメラたちを今回の天文台の主力とすることにしました。この構成であれば、以前ベランダで実際に撮影に使用したことがあるので安心です。

ドームの検討

そもそも、望遠鏡やカメラといった精密機械を常設するということは、雨風を防ぐような工夫が必要です。これから作るそれを頑なに「天文台」と呼ぶのであれば、その「ドーム」部分を作る必要があります。

屋外に設置するので、なるべく頑丈で、雨漏りせず、水が溜まることもなく、それでいて撮影の邪魔にならず、一人でも扱いやすい。そんな代物が理想です。そうそう、素人工作でも加工しやすい材料とコスト感も大事ですね。

安易にブルーシートを被せて紐で固定する?ジオデシックドームのセオリーに則ってパイプで骨組みをしシートで幌を張る?数日間頭を捻りました。そして、到達したひとつの答えが「漬物樽」です。

赤道儀に被せた漬物樽

漬物樽とはその名の通り、漬物を漬けるための樽です。ホームセンターに行くと売っているのを見かけますね。幼い頃、ばあちゃんがこれで白菜の漬物を作っていた覚えもあります。さすがに、こんなに大きくはありませんでしたが。

この漬物樽の蓋を底にして隙間をパッキンで塞いであげれば、それなりに形になりそうです。

土台作り

ここまでで、機材構成とドームのイメージが固まりました。本来なら、もう少し設計に時間をかけて手戻りを少なくしたいところですが、手元の材料と現場のベランダを見比べて「いけるだろう!」と勘と経験と度胸で発進しました。趣味なので。

まず、ベニヤ板を貼り合わせて合板にします。木工用ボンドでしっかり引っ付けて、さらにビスで補強しました。狭い部屋に材料を広げて作業するのはなかなかに大変でした。

そして、出来上がった合板をベランダに持ち出し、ほぼ現物合わせで切り欠く部分を測り写します。余談ですが、ちょうどこの時期、「大工の正やん」というYouTuberの動画に傾倒していて、木工したい欲に満ちていたので、この数日は本当に楽しい日々でした。充実の休日。

素人工作にしてはピタッとはまってくれました。中央部も丸く切り抜き、ここに漬物樽の蓋を取り付けます。

ところで、このベニヤ合板、見覚えありませんか?そう、冒頭で紹介した元恋人の荷台に使っていたベニヤ板を再利用して貼り合わせて合板にしたのです。こんなところにも、匠の粋な心遣いが光ります(CV:加藤みどり)。

そして、なんということでしょう~。イレクターパイプは、天文台を支える柱に生まれ変わりました(CV:再)。

ここまでで、着想から数週間が経過しています。電動ノコギリや電動ドライバーでの工作がメインだったので、休日の昼間に作業を少しずつ進めていました。なるべく気を遣っていたのですが、作業中お隣さんから「あ~た、この前から何を作ってらっしゃるの?」と上品に質問され、カクカクシカジカで――と説明もしました。この街なかから星が撮れるということに驚いていらっしゃったようすでした。

閑話休題。

そして、いよいよ望遠鏡・カメラ一式をドーム内に設置してみます。まだ、仮ですけどね。

おおおお~~~っっ!っぽいぞ!っぽいじゃないか!!下から覗き込んだその姿は、まるでどこか本物の公開天文台に頭を垂れて入り、頭上に注意しながら見上げたときの光景を彷彿とさせます。

しかし、この時点である問題が発覚しました。

写真のように、赤道儀の赤経軸を傾けていくとカメラがすぐにぶつかってしまうのです。そんなあ…オヨヨヨシクシクナミダチョチョギレ。子午線を越えてイナバウアーまでさせろとは言いません。せめて、南中する天体は撮りたいですよね。このままでは、赤緯にもよりますが高度30~40度以下の天体しか撮影できません。天体撮影において低空の対象はそれだけで不利益です。なんとかしましょう。

狭いベランダで、「あーでもない」「こーでもない」と試行錯誤しました。こういう時間もまた楽しいですよね!そして、打てる手は1つに絞られました。三脚を伸ばして赤道儀の不動点を上げるのです。こんな感じ。

いいね!いいね!子午線越えして数時間はいけそうです。天体撮影は基本的には夜中に行います。そこで、赤道儀のモーター音は最小限に抑えたいですよね。ご近所もありますし。そのため、一度天体を導入したらなるべく鏡筒反転させずに、追尾のみで撮影を行いたいのです。

これで万事解決すると思うじゃないですか。でも、ドームを被せると「頭を出した子一等賞♪」という状態になるのです。仕方がないのでこの切り取った部分を――

図のように拡張して新しい屋根を作ってあげましょう。だんだんと新しい恋人の姿が見えてきました。

ドーム作り

その新しい屋根の部分には加工しやすく防水性も保てる素材としてウレタンマットを使いました。このウレタンマットも、例によって元恋人の荷台をバラした残りです。もともと繋ぎ合わせて使用する製品であるため、今回のような工作にも相性抜群です。カッターやハサミで微調整できるのもよいですね。

ダクトテープでしっかりと補強しつつ、大きめのアーチを作りました。そして、もうひとつアーチを重ねて荷造り紐を巻きながら形を整えていきます。

防水のため、裏側の隙間にもダクトテープを貼って密閉します。

不安だったので、外側にもダクトテープをぐるぐると巻きました。ででん!

おおおお~~~っっ!ドームっぽい!ちょっと怪しいけど、っぽいぞこれは!今のところ、ドームは抱きかかえて取り外しを行うので滑り止めテープを1周させて可搬性を高めます。若干ですが。

基盤作り

ドームが出来上がって、ほとんど見かけは完成したかに思われたのですが、よく考えましょう。まだ、足回りはスースーしています。雨の跳ね返りや風の影響を受けてしまいますね。

さらに、このあとの配線等々のことを考えると、ここに配線をしたり場合によっては物を置いたりするので、天文台の基盤を設置するスペースを整えていきましょう。あるモノは何でも使う!ということで、漬物樽に付いてきた板を活用することに。なかなか加工が難しかったですが、三脚を通すための穴を3ヶ所開けて――

がっしりとダクトテープで固めました。ダクトテープへの信頼は篤いです。これが天文台の「床」になり、また基盤となるわけですね。スペースの関係上、三脚自体既にかなり危うい開き方だったので、それを補強するメリットもあります。

そして、側面はシートでさっと覆うだけ。もはやこうなると、ビジュアルは天文台ではなくロケットさながらですね。お隣の米軍基地から狙われなければいいですが……。

中を覗くと、子供の頃に作った秘密基地を思い出しますね。こういう狭いところ、安心感があります(意見には個人差があります)。これで天文台の中は上も下も横も覆われて、ほぼ密閉状態になっているはずです。機材を常設する前に、防湿剤と温湿度計を置いて状態をモニタリングしてみましょう。

湿度対策

季節にもよるとは思うのですが、数日観察したところ、どうも1日周期で湿度が70%台まで上昇する時間帯があるのです。当時のスクショが残っていたので、完全なデータではありませんが参考までに載せておきます。

よく考えてみたら、湿度もさることながら天文台内の空気がほぼ動かないというのはレンズに悪いだろうということで、湿気対策を打つことにしました。100円ショップで使えそうなものを買ってきました。アイディアさえあれば、100円グッズの組み合わせで大抵のものは作れます(過言)。

乾燥空気発生装置を作り、チューブで対物レンズとフィルターホイール内に乾燥空気を充填する作戦です。結露対策にも有効ですが、一方で埃を巻き上げて吹き付けるので、常時使用するのはよくないかもしれません。

まずは、ダンボールで対物レンズのフードとキャップの間に挟むアダプタを作ります。適当に絵を書きながら、設計を行い――

ダンボールをカット、木工用ボンドで貼り合わせていきます。僕の手先の不器用さが際立ちます。

滑り止めテープとダクトテープを駆使して、スーッと入る外径になるよう暑さを微調整します。

まあまあ、きれいに入ってくれましたね。これをアダプタと呼びましょう。アダプタはフードとキャップの内側に入り込み、その間を延長するような形をしています。

フードとキャップの間に穴を開け、写真のようなチューブコネクタを差し込み空気の入口を作ってあげます。ここにチューブを繋いで乾燥空気を送り込むのです。

フィルターホイールにも同様に処理を施します。金属の外装を分解してドリルで穴を開けるのは、少々緊張しました。ここにもチューブコネクタを差し込みます。真似をされる方は(いないと思いますが)くれぐれも注意のうえ、自己責任でお願いします!

ここまで当たり前のように話に出てきた乾燥空気発生装置。これは天体写真の世界なら誰もが工作するものだと思うので、ここでは詳しい解説は割愛しますが、プラスチック容器にシリカゲルを入れ、水槽用のエアーポンプで外気を吸い込み、シリカゲルに吸湿させて、乾燥した空気をチューブに送り出す装置です。材料さえ揃えば、意外と簡単に作れます。

上の写真の容器だと、どこからか空気が漏れ出して十分な空気圧を確保できなかったので、最終的にはもう少し小さめのプロテインシェイカーを使うことにしました。

天文台の全貌

そして、全て接続した写真がこちらです!

写真の一番右下に見えているのが吐出口数4口、8Wのエアーポンプです。最大2L/分の空気を送ってくれますが、動作音は比較的静かなので夜でも安心して使えそうです。そのお隣が、プロテインシェイカーに入ったシリカゲルです。そこから、天文台の基盤を通して内部にチューブが伸び、二手に分かれて望遠鏡の対物レンズとフィルターホイールに乾燥空気を吹き付けます。

電源ケーブルやUSBポートも配備します。

赤道儀はSynScanのWi-Fiドングルで制御します。部屋からベランダは5mほどでドア以外の遮蔽物もないので、快適に制御できます。時々、朝方に導入が効かなくことがありますが……。

オートガイダー、フィルターホイールのUSBケーブルは一度カメラのUSB入力ポートに接続します。これが結構便利で、カメラのUSB出力ケーブル1本でこれら3デバイスと通信ができます。部屋の中に引き込むケーブルが1本になるのは本当にありがたいです。

ただ、このカメラはUSB3.0ケーブルを接続するので、規格の制約上、ケーブル長が3m以上になるとデータ転送が不安定になります。そのため、今回はUSB3.0ケーブルをアクティブリピーターケーブル経由でデイジーチェーン接続して10mに延伸し、部屋の中のPCまで配線しています。

その他、主鏡とガイド鏡の両方に標準でレンズヒーターを巻いたり、基盤にAC電源直通の電源用USBポートを複数収めたり、はたまた手元の作業用にLED電灯を入れたり、もう安心感マシマシ仕様になってしまいました。

見た目は、まるで赤猫さんが点滴を打たれているようです。天文台の灯りをつけると悪の組織っぽくなります。

あとは、西に最近流行りのATOM Cam 2があれば購入して、撮影前のお天気チェック用に(4月には壊れてしまってあまり使えませんでした)。

東に空気を流れが大事だと聞けば、PC用のファンを購入して天文台の側面に取り付けて常時運転させています。

おわりに

材料や部品を大いに再利用したことにより、3万円ほどの支出でベランダ天文台が完成しました。元恋人と引き換えた現金はまだまだ残っています。

さて、ちょうどこの頃から僕のもうひとつの趣味である音楽活動が忙しくなったり、機材を遠征地に持っていくためにベランダ天文台の常設機材を一時的にバラしたりとしているうちに撮影がままならず、なんと、今年この天文台で撮影された天体写真はまだ1枚も無いといいます(怪談)。

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