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小説☆セックス、トラック&ロックンロール・シリーズ

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中古レコード屋の雇われ店主 サキ が遭遇する、少々ストレンジかつビザールな出来事を描く連作短編小説♪
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#連作短編小説

セックス、トラック&ロックンロール・ヘヴィー・メタル・キッス…7

    前者は不明、後者はあれだ……。     アタシは回転するLPを見下ろしながら、その思いを口にしてみた。     「だから、アレは何だっけ? ‛カッチョイー!‚ってのさ、ほら、誰のどのアルバムだったっけ?」     「ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウトでしょ」     「あ―、そっか……。え? えっ!?」     ハッとして、声がした方、そう、段ボールの方を見下ろした。 と、そこには今まさに立ち上がりつつあった全裸のデブの姿があった。気になっていた何かが形になって、

セックス、トラック&ロックンロール・酔いのピンチヒッター …1

    午後5時過ぎに、店を乗っ取られた呈でシャッターを下ろしたアタシは、春めいてどこか弛緩した空気が漂う住宅街を歩き始めた。 今から45分ぐらい前に店へ現れたリョウ兄さんは、その時にはもう随分酔っていて、右手に提げたレジ袋は缶ハイボールやら、缶ビール、つまみの柿の種なんかで溢れていた。    その時アタシは、ネット購入者達への梱包作業に精を出していたのだけど、リョウ兄さんのそんな様子を見た途端、今日がローンの支払日だったのに気付いたし、兄さんのやさぐれムードから判断す

セックス、トラック&ロックンロール・追う、ヨ-コ…7

   〝ゼアズ・ソー・メニー〟     曲の途中からだけど、そこには骨組みが剥き出しというか、そう、スッピンで余所行きではない無垢な魂が悲痛なほど感じられた。涙は止まらぬどころか、更に溢れた。尽きるまで、それに任せよう……。そして、立ち上がり、歩き出すのだ! じっとしていちゃいけないのだから……。果たして、それまでは泣こう……。そこまでいったら、もう一度、〝ラヴ・アンド・マーシー〟からアルバムを聴いてみるのだ。     今のアタシには、傷口に塩を塗り込めるぐらいの方

セックス、トラック&ロックンロール・追う、ヨーコ…6

   〝ラヴ・アンド・マーシー〟がいつの間にか良い感じでアタシの味方になっている。だから、洋子さんの右手から下がるショッピングバッグの揺れもまた心地好さが増している。右へ左へ、左へ右へと行ったり来たり素敵なリズムで弧を描く。眺めているだけで頬が緩み、幸せなバイブに包まれる。それこそ、加山雄三の台詞が口から飛び出そうなほどだ。     と、揺れ幅が狭まって、静かに止まった。あれっ、て思ったアタシは、少ししてから視線を上げた。ちょうど、洋子さんが振り返ろうとしている所だった…

セックス、トラック&ロックンロール・追う、ヨーコ…5

    その翌日、ネット購入者への発送作業を終えたアタシは、スマホでもって店の外観、店内、レコード棚のBのセクションから集めたブライアン・アダムスのアルバムやシングルなどを撮影するとメールへ添付して洋子さんへ送信した。が、なんかアタシらしくない行為のような気がしなくもなかった……。    4時間程して洋子さんから返信が届いた。そこには返信が遅れた理由、お詫び、再会の約束が記されていた……。     サキちゃんへ。返信遅れてごめんなさい。ちょっと、ディックとワチャワチャしちゃ

セックス、トラック&ロックンロール・追う、ヨーコ…4

    結論から述べると、リョウ兄さんが教えてくれた通り、彼女は洋子といって取引相手の妻だった。いや、正確には内縁の妻というのに当たるはずだ。あの後、アタシ達は通り向こうのケンタッキーで向かい合い、互いに割り勘で買った、12ピースのチキンを頬張りながら会話を勤しみ、そのうえ二人してスマホの電源を落とす、気付けばそんな流れになっていた。久し振りに食べたチキンは美味く、見れば洋子さんなんて、その指先に付いた油までしゃぶっていて、思わず笑ってしまったアタシだったけど、すぐに笑い止ん

セックス、トラック&ロックンロール・追う、ヨーコ…3

    スクリーンの明るさで判別出来たその顔は、アタシよりも年上の中年女性に見受けられ、柔和な感じの顔立ちからは、どこか人の良さそうなムードすら伝わってきた。    と、そんなムードは崩さぬままに女はアタシへ頷き掛けてきた。気付いたら、アタシも頷き返していた。乾いた土地に雨水が染み込んで行くようなコールにレスポンスだった。 で、アタシのレスポンスを受けた女は、デニムっぽいコートのポケットから封筒を抜き出して、こちらへ差し出してきた。     流れるような展開じゃないか。

セックス、トラック&ロックンロール・追う、ヨーコ…2

    アタシは〝ダーティ・メリー クレイジー・ラリー〟の上映に駆け込んで行ったタクさんへ今日中に返事をすると約束をした。        「かったるいわねぇ」     そう呟きながら戻って来たルミ姉さんは、入り込んだカウンターを隅から隅までスプレーとクロスで吹いていった。やる気があるんだかないんだか、どこか投げやりなその姿がおかしくて、思わず吹き出してしまったアタシ。     と、隅の方からジロッと睨んできたルミ姉さんだったが、さっと首を戻すと意地になったかのようにこれ見よが

セックス、トラック&ロックンロール・追う、ヨーコ…1

    カウンターに山積みされたLPを前に、アタシは黙々と作業を続けた。盤面にシュッと洗浄液を吹き掛け、クロスで汚れを拭っていく。A面が終わったらB面も。アタシは必ずA面から始めることにしている。特に理由はないけれど、きっとアタシのなかのなにかを象徴しているんだと思っている。     リョウ兄さんが出張買い取りしてきた百枚近くのLPのうち、まだ10枚程しか作業は進んでいなかった。こういう地味な作業は決して嫌いじゃなかったけれど、ここのところ日常という名の平穏が当たり前