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身だしなみを整えること

皆さんは、今日朝目が覚めて、顔を洗って、鏡をみて、化粧水をつけて、男性ならば髭をそって、髪を梳かして、今日という一日のために身だしなみを整えただろうか?

そして、それが当たり前のことだと思っていないだろうか?


あまりnoteでは触れてこなかったのだが、私は以前「ソシオエステティシャン」として仕事をしていた。ソシオはフランス語で社会のという意味である。もうその職業をやめ、その団体にも所属していないため書くことをためらっていたが、日本では数少ない「正社員」としてこの仕事をしていた「元ソシオエステティシャン」として、人間として当たり前で大切なことを記録しておきたいと思い、このnoteを書いている。

興味を持たれた方は検索してくださると良いと思う。いろんな人がいろんな形で記していらっしゃるので参考にしていただきたい。簡単に言えば「エステティックという手段を用いて、社会的に困難な状況にある方のQOLを高める」ということである。

以前も書いたように、2018年にフランスのソシオエステティシャンの国際会議に日本代表として発表をさせていただいた。本場・フランスのソシオエステティシャンたちの発表もあり、たくさんの学びと刺激をもらった。例えばICUという超高度な医療を必要とするところにソシオエステティシャンが介入し、髪の毛を梳かすことだったり、バーンセンター(重度熱傷センター)で、全身火傷の方にアロマで香りを届けリラックスさせることもソシオエステティシャンの仕事だと自信を持って発表していた時、「私のやっていることは間違いではなかった!」とすごく勇気をもらったのである。日本ではエステの技術や資格所有の長さなどに囚われがちで、フランスのような柔軟さとアイディアが必要だなと感じながら帰国した。

私はソシオエステティシャンとして高齢者施設で仕事をしていた。

フランスから帰国した後、特に認知症フロアで「身だしなみを整える」ことに焦点を当ててみようと思った。

バージニア・ヘンダーソンという有名な看護理論家が記した『看護の基本となるもの』の中に、14の基本的ニードというものがある。

1正常に呼吸する。
2適切に飲食する。
3あらゆる排泄経路から排泄する。
4身体の位置を動かし、またよい姿勢を保持する。(歩く、座る、寝る、これらのうちのあるものを他のものへ換える。)
5睡眠と休息をとる
6適当な衣類を選び、着脱する。
7衣類の調節と環境の調整により、体温を生理的範囲内に維持する。
8身体を清潔に保ち、身だしなみを整え、皮膚を保護する。
9環境のさまざまな危険因子を避け、また他人を傷害しないようにする。
10自分の感情、欲求、恐怖あるいは“気分”を表現して他者とのコミュニケーションをもつ。
11自分の信仰に従って礼拝する。
12達成感をもたらすような仕事をする。
13遊び、あるいはさまざまな種類のレクリエーションに参加する。
14“正常”な発達および健康を導くような学習をし、発見をし、あるいは好奇心を満足させる。

ご覧のように、生命維持に必要な呼吸と同じように、身だしなみを整えることは人間としての基本的な欲求であると位置付けられている。

全ての施設がそうではないが、高齢者施設において身だしなみを整えることの優先順位が著しく低くなってしまう場合がある。私は女性たちに声をかけ、手鏡を渡すところからスタートした。

まず鏡を見て自分の姿に驚く人が多い。目が悪くなったのと、鏡を見る機会がほとんどないから、最近の自分を認識できていないのだ。そして必ず「この鏡素敵ね」と仰る。ビンゴ!そうやって興味を持ってもらうために、ベルサイユ宮殿風の手鏡をわざと用意しているのだから。

「いくらだと思います?」と聞くと、「う〜ん、3万円かな?」という答えが返ってくる。本当は1000円もしないのだが、こうやって認知症の影響で幻想の世界に入り込み、不安と孤独の中にあるひとに、外の世界に興味を持ってもらうことが第一歩だった。

「髪、とかしました?」と尋ねると櫛を持っていないと仰る。すかさずブラシを手渡して、自分で髪を整えてみましょうと声を掛ける。ソシオエステティシャンだから全てをしてあげるのがケアではない。エステをすることが仕事ではなく、QOLを高めることが私の仕事だったからだ。

ブラシを頭まで持っていくのは、結構な運動で筋力が必要なんですよ。そして鏡を見ながら身だしなみを整えることを思い出していくと、どんどん下向きだった顔が上がって、最後には顔つきまで変わってくる。きっと地域や、保護者同士の中ではこうしたソーシャルな顔をお持ちだったんだなと感じる一面でもあった。

こうしたやりとりを重ね、次は化粧水を自分で鏡を見ながらつけてもらったりしていくうちに、綺麗になる喜びや他者との会話が生まれてきて、「娘が喜ぶからマニキュアでもしてみようかな」となる。

今まで自分一人だけだった世界に、他者への関心や人からどう見られるかという意識が思い出されること、これだけですでにこの方のQOLの向上につながっている。そうして信頼関係を築き、初めて生きること・死ぬことなど、その人の心縁に触れるような深いお話を伺うことができるのである。

私はどちらかというと職員というより「○ーラの売り子さん」と思われていて、高い化粧品を買わされるのではないかと最初恐れられていたが、皆さん結局はお買い物がしたいのだ笑。注文したいとあちこちで声がかかり(販売はもちろんしないけど)、そのために相当演技力を磨いた。「今在庫がなくて今日問屋に注文するから、お渡しは来週になると思う」と言って、大袈裟な請求書を作成してハンコまでつけて、「お代は商品が届いた時で構いません」と伝えると、ほとんどの方がその請求書を大事にしまい、仕方ないわねと納得してくださった。これって一見馬鹿げた芝居のように見えるかもしれないが、「自分で代金を払う」という気持ちがすごく尊厳に関わる大切なことなのだと気がついた。お金が払えるっていうことは、経済活動を回していることにも繋がるから。

ちなみにソシオエステティックは全て無料で受けることができる。これがソシオエステティックの大前提である。使用する化粧品などは全て施設の備品であり、私は給料をきちんといただいて仕事をしていた。入居者様からお金を取ることは一切なかったことをここでしっかりとお伝えしておきたい。

こんなやりとりを記録として残しておくとそれを見たスタッフが、「今日も注文入りましたね!」と嬉しそうに声をかけてくれた。

私の仕事は身だしなみを整える以外にも、心のケアを行ったりとたくさんの仕事があった。このコロナ禍であっても、人生の最期まで綺麗に身だしなみを整える時間をご家族と共有できたことを今でも誇りに思っている。ご家族の悲しみを、綺麗なお顔で旅立たれる姿が、これからの人生のどれだけ支えになるかを考えると、身だしなみを整える大切さは軽視できないと思った。

これは私がソシオエステティシャンだったからできたのではない。介護職も看護師も家族もヘルパーさんでもできる、本当に当たり前で簡単なこと、そして大切なことなのだ。

ある方が私に施術後こう言ってくれた。

「あなたは私のここ(施設)での唯一社会との接点です」


私というフィルターを通して、社会との繋がりを感じてくださったことが本当にありがたかったし、ソシオ(社会の)エステティシャンであることを誇りに思えた瞬間でもあった。

ソシオエステティックを通して私が伝えていたのはただ一つだけ。

「あなたは大切な人です」


これだけだ。

この普遍的なメッセージは、手を通してちゃんと伝わる。


「身だしなみを整える」ことを通して、社会に生きるひとりの人間であり、社会にとって大切な人であることを感じてもらうこと。本当に些細なことかもしれないが、QOLの向上につながっていくと感じている。


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