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ナガバスキ

昔々、東ジャワのダハという国にシディ・マントラという大変偉い僧侶がいました。僧は経典のことは何もかも把握していたので、人々から大変尊敬され、手本とされていました。
僧侶はお金持ちで美しい妻がいましたが、子供がいなかったので幸福とはいえませんでした。僧は妻に子供が授かるように神に祈り供物を捧げたらどうだろう、と持ちかけました。子宝を授かるための儀礼を行った結果、妻は身ごもり一人の男の子が生まれました。そしてマニック・アンクランと名づけられました。

大人になるとマニックはハンサムな男性になりました。しかし不幸なことに彼は賭け事が大好きでした。父のシディ・マントラがいくら忠告しても全く耳をかそうとしません。闘鶏に賭けては負けて、僧の財産は次第に減り、ついには無くなってしまいました。それでもマニックは、賭けを止めようとしませんでした。
ある日、マニックは父のところにやって来て、博打の借金を返してくれるように頼みました。一人息子のマニックの悲嘆に暮れた姿を見ると、シディ・マントラはかわいそうになり、借金をかえしてやる約束をしました。

僧の神聖な霊力により、ジャワの東の果てにあるアグン山というところに、あふれるばかりの財宝があるという啓示を神から授かり、読経用のグンタ(鐘)を持って、東へと出発しました。
アグン山にたどり着くと、僧はグンタを鳴らしながらマントラを唱えました。すると、間もなくナガ・バスキという大蛇が洞窟から姿を現しました。
「おい、シディ・マントラよ。私に何の用だ ? 」
「 バスキ様、私の財産は息子の賭博のためにすべて無くなりました。その上、山のような借金があります。負債者から追いたてられているので、借金を返済できるように力をかしてください。」 「よし、わかった。お前の息子に賭博はやめるように言え。賭博は神の教えに背く行為だ。」
シディ・マントラはバスキの言葉に同意しました。ナガ・バスキが身体をゆすると、鱗から金銀財宝が零れ落ちました。
「それを集めて持って帰れ。負債を返したら、二度と息子に賭博はさせるな。」

僧は礼を暮い財宝を集めて、ジャワに帰ると息子の借金を返済しました。僧は息子に二度と賭博はしないように言い聞かせました。
しかし、マニックは父からの忠告など気にもとめません。しばらくすると、マニックの借金は再び山のようになりました。以前のようにマニックは、悲嘆に暮れて父に借金を返してくれるように頼みました。僧は呆れましたが、一人息子の頼みに仕方なく、もう一度アグン山に向かいました。
アグン山に着いた僧が、グンタを鳴らしながらマントラを唱えると、バスキが姿を現しました。
「シディ・マントラよ、一体何のようだ ! 」
「ああ、バスキ様、もう一度だけ私と息子を助けてください。私はもう一文無しです。息子は私の忠告などまったく聞かず、賭博をやめないので負債が増えるばかりです。」
「放蕩息子め、親に対する感謝の気持ちすらないのか。よし、今回だけは助けてやろう。しかし、これが最後だ。」
バスキは再び身体をゆすると、金銀財宝が鱗から落ちました。僧はそれを集めると急いで国へ帰りました。 家に帰った僧は息子の借金を返してまわりました。
マニックは、父が大金をいとも簡単に集めてくるのを不思議に思い、父にたずねました。
「お父さん、何処でどうやってあんなにたくさんのお金を得たのですか?」
「マニック、そんなことはどうでもいい。とにかく賭博はやめることだ。賭博は卑しい行為だ。もし、又借金ができてももう助けられないぞ。これが最後のお金だ。」

しかし、しばらくするとマニックの借金は再び山のようになりました。父に助けてもらうわけにもいかず、マニックはお金の出所を探し当てようと思いつきました。
知人から僧は東のアグン山で財宝を得たという話を聞き出したマニックは、早速父のグンタを盗み出すとアグン山へ出発しました。アグン山に到着すると、マニックは父のグンタを鳴らしました。その音を聞いたバスキは、呼ばれていると感じましたが、いつものマントラが聞こえないので変だなと思いました。バスキが姿を現すと、グンタを鳴らしているマニックを見つけ、大変腹を立てました。
「おいマニック、一体何の用で僧のグンタで私を呼ぶのだ?」
「バスキ様、私はあなたに助けを求めて、ここまで来ました。私の借金を返すのを手伝って下さい。もし借金が 返せなければ、取りたてる者に私は殺されます。どうか、私を助けてください。」とマニックは悲惨な表情で訴えました。
そんなマニックの様子を見たバスキは、かわいそうになりました。長々と説教をした末、マニックに与える財宝を取ろうと、バスキは身体の向きを変えました。バスキの身体は洞窟に入り、尻尾が現れました。その時です。バスキの尻尾に大きなダイヤモンドが光り輝いているのをマニックは見たのです。

マニックの心によくない衝動が走りました。マニックはクリスを鞘から抜くと、バスキの尾を切り落としました。バスキは痛みにもがきながら、身体の反転させました。しかし、そこにマニックの姿はありませんでした。
バスキはマニックを追いかけましたが、マニックの足跡しか残っていませんでした。バスキは恐ろしい霊力を使って、マニックの足跡を燃やしました。逃走中のマニックは、バスキの魔力によって身体が熱くなるのを感じたかと思うと、一瞬のうちに灰になってしまいました。

東ジャワに残されたシディ・マントラは、息子がいない事を心配していました。気が付くと読経するためのグンタもありません。僧は息子がグンタを盗んで、アグン山に財宝を探しに行ったに違いないと判断して、息子の後を追ってアグン山に向かって出発しました。
僧がアグン山に到着した時、バスキは洞窟の外にいました。僧は急いでバスキにたずねました。
「バスキ様、息子のマニックがここに来たでしょうか?」
「ああ、借金を返す金をもらいに来たが、わしが宝を取ろうと身体をひるがえしたら、あいつは私の尾を切りやがった。俺の尻尾にはダイヤモンドが付いていたからな。恩知らずのお前の息子は灰にしてやった。お前は何をしに来た? 」
「どうか、息子の過ちをお許し下さい。たった一人の息子です。なんとかして生き返らせてください」
「よかろう、私たちの友情のためにも、お前の願いをかなえてやってもいい。ただし、私の尻尾をもとに戻せたらの話だ。」

「いいでしよう。あなたの望みをかなえましょう」
お互いの持つ霊力を出し合い、バスキの尻尾はもとに房り、マニックも生き返りました。

シディ・マントラは息子に賭博の罪について言い聞かせ、二度とジャワには戻らない事を約束させて、帰路につきました。自分の犯してきた罪の深さを悟ったマニックは、父の言いつけどおりアグン山に残こりました。

僧はジャワに戻る途中、海と海に挟まれた幅の狭い土地に着くと、杖で海に線を引きました。
するとどうでしょう、雷鳴が響き渡ると、その線は次第に大きくなり、海の水があがり、見る見るうちに海はつながって海峡になりました。これがジャワ島とバリ島の間のバリ海峡になったということです。

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