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アンコール特集:シリーズー1第18回《シトリン/citrine(quartz)》『小さな幸せ』

宝石たちの1000物語
人に歴史があるように、宝石にもそれぞれの物語がある。1000文字に収められた最も短いショートショート。1000の宝石たちの煌めき。それは宝石の小宇宙。男と女の物語は星の数ほどあります。そしてそれぞれの物語は切なく哀しく、時には可笑しく愚かしく。


アンコール特集:シリーズー1
第18回
《シトリン/citrine(quartz)》

『小さな幸せ』

私は小さな幸せが欲しかったのです。
親子3人で暮らせる家と収入があればそれでよかったのですが、
ある日1通の封書が私のところに届きました。
それは弁護士からで、中を開けてみると
来週親族会議があるから出席するようにというものでした。
私には祖父がいますが、ここ20年は没交渉です。
私が今の主人と一緒になる時大反対されて、
私は主人と実家を逃げ出し、今の生活を得ました。
私は幸せです。
ですからこの封書が来た時に、もしかしたら遺産相続の件だと直ぐに判りました。
主人に話すとそんなところに行かなくて良いと言います。
私たちは今の生活に満足しています。
これ以上何も欲しくありません。
でも、実際は主人の事業が思わしくない事も知っています。
主人が毎晩うなされて、眠れない日を過ごしている事も。
私は主人に内緒で親族会議に出かける事にしました。
私の実家は地方の名士で、かなりの土地と建物を所有しています。
だからこの遺産を目当てに、私が見た事もない親族と称する人たちが、
大勢押し掛けてきているのを滑稽に感じていました。
主人が云うように、
こんな事に巻き込まれてまで遺産を相続するのはご免だ、と感じました。
弁護士立ち会いのもとに、祖父の遺言状が読み上げられました。
私の相続分はなんと1億円。
でも税金を払うと手元には半分くらいになります。
それでもそれだけあれば、主人の助けになる。
しかし、その相続額を受け取るためには、先ず税金を納めなければなりません。
勿論土地が売れれば良いのですが先立つものがないのです。
結局諦めるしかないかと思いました。
誰かに相談するにしてもお金がかかります。
私は主人にこの顛末を話しました。
最初は怒りましたが、冷静になると、自分が汗を流し、努力しないで得たお金は、結局何処かに消えてしまう。
それよりも今は苦しいけれどなんとか頑張ろうと云ってくれました。
私は主人のそういった純真なところが好きになったのです。
主人は鞄の中から袋を取り出しました。
見るとキラキラ輝く宝石です。
「それはなに?」
「これはシトリンと云って水晶の仲間なんだ。これでも立派な宝石だよ」
「透明感があって奇麗ね」
「そうだろう、ダイヤモンドとは違った輝きを感じないか。しかも黄色は幸せをもたらすとも云われる」。
そうなのだ、
きらびやかなダイヤモンドなんかではなく、
宝石としての価値あまりないかも知れないけれど、
質素で純粋無垢な透明感こそが私たち相応しいものなのだ。


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