見出し画像

ハポンさん、光明寺参拝

支倉常長公のお墓と言われる場所は3か所あります。宮城県初日の8月5日は、仙台市北山地区にある光明寺を参拝しました。

1613年10月28日に石巻の月浦(雄勝との説もある)から遥かイタリアのローマを目指し出帆した支倉常長の一行は1621年(※)7月1日病没したと伝えられています。(※1622年の説もあり) 伊達家の菩提寺であった光明寺に墓を作り、政宗公は江戸幕府にそのように報告しました。今でも毎年7月1日は、こちらの光明寺で支倉常長公の法要を行っています。

米沢からフルート奏者の勝股さんがいらしてくださり、ハポンさんを素敵な音楽でお出迎えしてくださいました。

和尚さんに読経いただき、支倉常長家第14代に続き、ハポンさん全員が焼香させていただきました。

8歳のダビドくんも、ちゃんとやりました。

その後は、常長公のお墓へ。

密着取材して頂いていたKHB糸井文菜アナウンサーの取材に応える第14代で後援会名誉顧問の支倉正隆さん。

コリア・デル・リオの日西支倉協会のファンフラン・ハポン会長が、和尚さんと仙台藩士会の佐藤さんにコリア・デル・リオ特産品をお渡ししました。この地域には、やはり遣欧使節の遺産なのかスペインなのに珍しくお米を作る文化があります。そのお米で作ったリキュール「慶長(Keicho)」です。

支倉家本家の方もご挨拶にお越しくださりました。またご説明いただいた北山ガイドボランティアの方も一緒に記念撮影。すべてを取り仕切ってくださった仙台藩士会の皆さま、ありがとうございました!


3
400年以上前、宮城県からヨーロッパへ渡った支倉常長の遣欧使節。スペインに残るその子孫のハポンさんとのご縁を大切にする後援会です。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。