夢女子が自己投影をしない夢小説を執筆する理由を自分なりに解釈した
夢小説についての説明はここで省きますが、夢女子ではない人種にとって「夢小説=キャラと恋愛をしたい人が自己投影のために作りだしたもの」という認識が強いんじゃないかなーと思ったので、「自己投影しないタイプの夢女子もいるよ!」という主張をしたい。
確かに私は夢女子で、キャラに対して「かっこいい!」「好き!」という感情が湧きますし、好きの感情を分類するなら恋愛感情に近い気持ちなのは確かです。
では実際にキャラがこの世に存在をするとして、私に恋をするかと考えたら「こんなクソみたいな人間を好きになるわけないだろ」と思ってしまうのが現実的な感情です。
さて、そんな私ですが夢小説を書いてます。夢小説にも細分化されていますが私の場合は「ネームレス」です。※(ネームレス→名前変換や夢主固定名などがなく、キャラも夢主を呼ぶときは「君」「あなた」「お前」などで名前を出さないもの)(他にも「名字名前」や記号表記などいろいろありますが詳しく知りたい人は調べてください)(私もそこまで詳しいわけではないので……)
どうして夢小説を書くのかを考えた場合、大きく分けて二点理由があります。
①好きなキャラが恋愛をするとどのような言動をするのか見たい
キャラのかっこいいところも見たいし、好きな人に対してどんな反応をするのか見たい。原作でのキャラらしさも出しながら、恋愛をするからこそ見えてくる動揺も見たい。
「キャラはこういう一面があるかもしれない」という幻覚見たさですね。
恋愛ドラマを見てドキドキしたり、「こういうシチュエーションいいな」と思う感情に近いのかな、と思います。
②好きなキャラはお似合いの人と結ばれてほしい
これが「夢小説を書いているが自己投影ではない」という感情の大元だと思います。
私の好みな夢主の話なのですが、優しくて、強く主張しないけど根はしっかり強い。一歩引いたところにいるけど引きすぎず、感情を爆発させたりしなくて、泣きたい時はぐっと堪えるような人。
そういう夢主を書いてると「夢主が幸せになってほしい!!」と思いますし、キャラと結ばれたら「おめでとう!!!」と祝福をします。
ちょっと性格に難がある夢主だったら「あんたなんかキャラと不釣り合いよ!!」というモブキャラっぽい感情が生まれてしまうため、とにかく「夢主は誰が見てもいいと思える人にしたい」というのが私が夢小説に求めるものです。
よく腐女子が「推しカプを壁になって眺めたい」と言っていますが、夢女子にも一定数「壁になってキャラと夢女子の恋愛模様を眺めていたい」という層がいるのです。
夢女子の中にも「同担拒否」という強めのキャラ愛を持っている人から、「同担歓迎」という同担拒否勢と比べればライトな感じの人、そして腐女子を兼任してる人までさまざま。
夢小説を読む人の中にも「キャラと恋愛をしたい。夢主=自分」という自己投影タイプから、私のような「キャラが恋愛している姿を覗き見したい」というタイプまでさまざまですよ、というお話でした。
そんな私が書いた「テニスの王子様」真田弦一郎の夢小説がこちら。
(突然宣伝入れて青汁のCMみたいになるのやめてください)
真田さんはいいぞ!