【note創作大賞2024】かわはにんげん【ショートショート】

 川は怒った。空を泣かせただれかがいたから。川は誰よりも人間だった。
 人間のくせに、ひとを苦しめて知らんぷりしているひとがいる。僕は怒った。
 川は怒り続けた。怒りはどんどん溢れていって、周りの人々を道連れにした。
 僕も怒り続けた。怒りを周りに撒き散らす上司に。全部自分の思い通りにならないと奔放に、傲慢に、他人の所為にする奴に。
 どうせ、同類だ。川も、あいつも、僕も。ベン図の重なり合ったところにみんな一緒くたにされているんだ。
 僕は僕で、あいつはあいつで、川は川。そうだったら良かった。けれど、みんな芯が無くて、軸なんか無くて、蛇行して、似てきてしまう。いつか、つかみどころが無いだの、二面性があるだの、そんな言葉で形容されたような気がする。
 二面性といえば、一貫性のない奴と見做され、ギャップ萌えといえば、魅力の多い人間だと思われる。指している事象は同じなのだが。優位に立ちたいのだろう。貶す以外に方法が無いと勘違いしているのだ。そんなこと無いと、今なら分かる。
 長雨。上司が僕の同僚をいじめた。小学生みたいだ。いや、それはべつに未来があるということを言いたいのではなくて。逆にあんたの未来なんかお察しだ、と怒鳴り散らしたい気分だった。口を強く押さえていないと、怒涛となって周りを巻き込んでしまう。
 大雨。また、怒っている。べつに、他人に怒りをぶつけたところで根本的な解決にはならない。穢れていく。泥で、濁りで。僕みたいに、おちていく。
 「今日のニュースです。川遊びをしていた小学生の女の子が川に流され、意識不明の重体です」
 おねがい、いきていて、ということばは、すぐに流されていった。
 殺したかった。上司を。殺せなかった。殺される必要の無い人ばかり、川は死に導いていく。ほんとうに手にかけたい人間の代わりに、別の誰かが犠牲になってはいけない。だから、何もしなかった。何かを擲つ覚悟も無しに、死神になどなってはいけないと踏みとどまった。怪物に成り下がらないで済んだ。正義感は必ずしも報われない。何度も何度も、僕自身にそう言い聞かせて、雨が止むのをひたすら待った。
 川は埋め立てられた。前の上司も埋められたら良いのに。
 埋め立て地は道路になった。パワーハラスメントを抹消する、礎になれば良いのに。
 僕の住む町に、むかし川があった。大雨で川が氾濫し、たくさんの人が死んだ。以来、怪物と恐れられ、封印された。

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