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加速の夢

 今朝も夢を見た。
 夢の中で僕は母校を訪れていた。かつて所属していた吹奏楽部に顔を出すと、生徒たちが練習に励んでいた。そこで僕は自らが作曲した楽譜を彼らに手渡して「これを演奏してくれ」と頼んだ。演奏が始まる。スペシャルズやマッドネスのようなスカだ。これを自分が作曲したのか、と僕は得意な気持ちになった。
 僕は学校教育のために制作されたアニメを生徒たちとともに観ている。おそらく僕は教師の役を任されているのだろう。台本の文章をつらつらと眺めながら、どこで生徒たちに「この場面で登場人物は何を思っていたのか」と問いかけようか考えている。
 アニメには二人の女の子が登場する。ボーイッシュな女の子とガーリーな女の子だ。二人ともカジュアルなゴス風ファッションを身につけている。ボーイッシュな女の子が「人間は誰しも不幸や苦悩を抱えているんだよ。僕も君も」と語ると、ガーリーな女の子は「私はお父さんに虐待されててお母さんは小さい頃亡くなっちゃったんだけど、この不幸もみんなと同じ程度だよね」と言って臆病そうに笑った。ボーイッシュな女の子はガーリーな女の子の境遇に深く同情し、「なんで君はそのことを今まで言ってくれなかったんだ。なにかしてあげられたかもしれないのに」とガーリーな女の子に詰め寄った。ガーリーな女の子はボーイッシュな女の子の怒声を怖がり、心を閉ざしてしまう。
 そのアニメを観終えたあと、僕は生徒たちとともに電車に乗った。生徒たちが先ほどのアニメについて話している。僕も先ほどのアニメについて考えている。あまり好ましいアニメではないな、と僕は思った。物語も絵柄も声優の演技も全てが不愉快だ。あのような辛気臭い苦悩は「大きな物語」への没入によって克服されなければならない。現に僕はそうやって苦悩を克服したじゃないか、と夢の中の僕は自らに言い聞かせた。
 電車が駅のホームへと入っていく。僕たちが降りる駅だ。先頭車両に乗っていたので、自殺者が飛び込むのではないかという不安を覚えて僕は正面から顔を逸らした。警笛が鳴る。生徒たちが騒ぎ始める。「電車が止まらない」と言うのだ。たしかに電車は止まらない。むしろ電車はますます加速していく。身体が動かない。背中が座席に押し付けられる。「電車が向こうからやってくる」と生徒が騒いでいる。電車が向こうからやってくる。電車が向こうからやってくる。「ぶつかるぞ」と生徒たちが叫ぶ。衝撃。閃光。


 ここで僕は目を覚ました。恐怖に身がすくんでいる。夢の中で死んだせいか、しばらく身体の動かし方を忘れてしまっていた。
 この夢に限らず最近の僕は「夢の中で死んで目が覚める」ということを頻繁に経験している。先日は夢の中で高所から落下したのだが、そのさい僕は自らの頭蓋が砕ける「ペチャッ」という音までをも耳にしたのだ。いずれの場合も僕は恐怖とともに目を覚ます。しかし、夢の中で死を経験しておけば現実の死が怖くなくなるかもしれない、と僕は楽観視している。
 夢の中の僕は例のアニメを「辛気臭い」「不愉快だ」と感じたが、現実世界の僕は例のアニメのような物語をあまり不快だと思っていない。むしろそこで「大きな物語」を持ち出す夢の中の自分こそウィークネスフォビアではないかと感じている。無論、夢の中の自分を糾弾する訳にもいかないが。
 ちなみにスカは現実世界でもよく聴いている。夢の中で演奏された曲はマッドネスの「One Step Beyond」に近かった。

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