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柄杓の夢

 僕は夜道を散歩するのが好きだ。夜道といえどそこまで暗くはない。青緑と灰色の入り交じったような奇妙な色の空の下をぼんやりと歩いていく。周囲も明るいのに街灯の下はさらに際だって明るい。そのようなさまを僕は面白く感じていたのだ。
 しかし、そのような夜道を歩いているときには変な人と出くわすことが多い。変な人は怖い。何をしてくるか分からないからだ。
「どうすれば変な人と遭遇しなくなるだろう」
ある日、僕はそう母親に相談した。しかし母親は僕の言葉を一笑に付した。
「夜道を散歩するから変な人と会うんだよ。そもそも夜道を散歩するなんて、お前自身が変な人なんじゃないの?」
僕はしぶしぶ引き下がった。
 そしてある晩。僕はいつものように夜道を散歩していた。すると、道の向こうに一人の老人がいる。老人は手に柄杓を持ち、僕に向かってゆっくりと水をかけてくる。
 僕はその老人に気味の悪さを覚えた。それゆえ僕は足を速めると、柄杓を持つ老人の横を走って追い越した。老人は振り返りもせず、自らの進行方向へと去っていった。僕は安堵した。
 すると、またもや道の向こうに人影が立っている。人影はだんだんとこちらに近づいてくる。僕は目を凝らし、恐怖を覚えた。その人影は先ほどの老人だったのだ。やはり手に柄杓を持ち、僕に向かってゆっくりと水をかけてくる。
 僕は再び老人の横を走り抜けた。老人は振り返りもせず、自らの進行方向へと去っていった。僕は再び安堵した。
 しかし、僕の前には何度も何度も件の老人が現れ続けた。老人はそのたびに僕に向かって柄杓で水をかけた。僕は毎回老人の横を走り抜けた。そのたびに一旦老人をかわすことには成功するものの、けっきょく僕はまた老人と遭遇することになるのだ。夜道はただまっすぐに長く、どこまで歩いても家には辿り着けないように感じられた。僕は恐怖で叫ぶことも出来ずにいた。
 ついに僕は行動に出た。水をかけ続ける老人のもとへ近づき、隠し持っていたナイフで老人の喉をえぐったのだ。そのまま僕はナイフの柄を握りしめると、刃を喉元から胸へと引き下ろしていった。老人の口から赤黒い血がこぼれる。
 これでこのループからも逃れられるだろう、と僕が思った瞬間。老人は血糊のにじむ口をぽっかりと無機質に開け、僕に向かってひとこと言葉を発した。
「規定の範囲内で行動してください」
僕は恐怖で目を覚ました。

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