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まだもう少し『チェリまほThe Movie』に浸る〜長崎の大雨の夜について

今までいろいろ感想を書いてきたのだが、先日ふと、あの二人は結局長崎の大雨の夜にも何事もなかったんじゃないかと思うようになった(あ、一応キスシーンはあったけど・・・)。

前にも書いたが、安達は黒沢とそうなれば魔法が消えるとずっと思っていたわけだから、もし何事かあったなら、翌朝二人で心の声が聞こえないとあんなに大騒ぎして驚くはずがない。

そもそも、30歳まで云々・・・というのは浦部先輩に吹き込まれた世間の噂話。作品のタイトルにもあるように「・・・らしい」だけなのだ。安達が魔法使いになったのだって実のところは原因不明。
噂話と30歳になったタイミングが重なったから安達も柘植も(ついでに私も)いつの間にかそう思い込んで、かつ柘植が魔法使いを卒業したのが湊くんとうまくいったタイミングだったから尚更そう思い込んだのだろうけど、だいたい柘植が卒業できたのだって、実はどういう理由だったかは定かではない。湊くんと心が深く深く通じ合ったからだったのかもしれない。どうとかこうとかなったからではなかったのかもしれない。

だから安達と黒沢の二人は、大雨の夜にあのキスシーン以上のことはなく、あのクリスマスイブと同じように互いの温もりを感じながらただ寄り添って眠り、眩しい白T シャツで美しく朝を迎え、それなのに翌朝触れても心の声が聞こえなくなっていて二人でびっくりした、と考えるとなんとなくすっきりする。(まだ)何にもしてないのに!っていうことで、大騒ぎになったと。

二人で飾らない気持ちを伝え合って、更に強い心の結びつきを作れたから、魔法は不要となり無くなったのでしょう〜。どうとかこうとかならないと魔法が消えないなどという、下世話なことではなかったのでしょう〜。
少なくとも今はそう納得している。

まぁ、何かあったかどうはかは実はどうでもいいんだけどね。何かあったとしたも、見たくはない。
ドラマでも映画でも”ご想像にお任せ”された感じだったので、想像してみました。

映画の上映が続いているところもある。どこまで延びるかなぁ。行けるわけじゃないけど、細く長くいつまでもやってほしいなぁ。