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【医療マガジン】エピソード3 妃菜と百田の出会い(前編)

シャワーを済ませて、オレンジペコをカップに注ぎ、パソコンの前に腰を下ろす。さぁて、今朝の朝食のお供は何にしようかな…と、YouTubeチャンネル『しらこわ』のサムネイルから適当な動画を開いてみる。「新アシスタント登場」なるタイトルに誘われるようにクリックする直子。すると、2021年の10月オンエアの動画が映し出され、百田寿郎がアシスタントの女性を紹介していた。
 
「さて、前回をもって、『しらこわ』スタートから一年間にわたってアシスタントを務めてくれた粟野深紅さんが卒業されたわけですが…。ええ、大変お待たせしました。本日からは新アシスタント、鶴田妃菜さんの登場でぇ~す!」
 
喝采の中、清楚なワインレッドのワンピースに身を包んだ20代半ばほどの女性が笑顔で現れた。
 
「みなさま、はじめまして。本日より、百田寿郎キャスターをお手伝いさせていただくことになりました、鶴田妃菜と申します。初めての経験で緊張の色隠せませんが、精いっぱい努めますのでご指導よろしくお願い致します」
 
深々と頭を下げる鶴田に、再び拍手が送られた。
 
「ちょっとだけ鶴田妃菜さんのプロフィールをご紹介しますと…」
 
すでに、百田寿郎のみならず、鶴田妃菜についても情報収集を終えていた直子は、クラッカーにマーマレードを乗せながら、復習するような感覚で映像と音声を追っていた。
 
コメンテイターのひとりが、「なんでも、新アシスタントのオーディションで、百田さん自ら鶴田さんを指名されたって小耳にはさんだんですけどもぉ、それは本当なんですか?」
 
直子の意識が百田に注がれる。
 
「はい。たしか、書類選考で10名に絞られた後でしょうか。最終選考会に参加させていただいたときに、プロデューサーから意見を求められたものですからね。私としては、是非とも鶴田さんと組ませてほしいとお答えしたんですよねぇ」
 
スタジオ中から、ホ~ッという反応がこぼれ、別のコメンテイターが深堀を始める。直子のアンテナもビンビンだ。
 
「決め手は何だったんですかぁ~、百田さん」
 
百田は屈託のない笑顔で鶴田のほうを見やると、これまた屈託なくこう言った。
 
「ダントツでしたね。選考に残ったみなさんの論文?応募動機を書いたレポートを事前に読んでいたんですけれど、その段階で鶴田さんのことが気になってたんです。選考当日に10人のみなさんを前にして、その時点では、そのレポートの主とお顔が一致していなかったわけですが、自己紹介スピーチで一致するじゃないですか。それで、ああやっぱりこの女性だったかと…」
 
そこまで話すと、百田は鶴田のほうに目をやった。鶴田は照れ臭そうに少しモジモジしながら、「本当に、百田さんのおかげです。ありがとうございました」と頭を下げる。
 
と、直子が口をはさむ。だから、決め手は何だったのかって~ッ!
 
以心伝心したように、例のコメンテイターが繰り返す。
 
「ですから、百田さん。決め手です、決め手」
 
百田の言いようはさらに屈託がなかった。
 
「波長が合うだろうなって感じたんですよね。レポートを拝読しながら楽しい気分になったんです。オーディションでの言動ひとつひとつも、とても楽しかったです。そして本日に至るまで、何度も打合せするわけですが、休憩中も含めて楽しいんです、鶴田さんと居ると。でですね。私が楽しくしていられるということは、鶴田さんのほうも楽しいんじゃないかと。子どもの頃、理科で習った作用反作用の法則ですかね。だとしたら、『しらこわ』をご覧になられるみなさんも、きっと楽しくなるに違いないって確信したんですよね。答えになってるかなぁ」
 
「なんや、告ってるみたいやんか~」
 
さらに別の、ブレイク前のお笑い芸人の言葉が笑いを誘う。勢いに乗じて、さらにツッコむ。
 
「鶴田さんは、どないやったんですかぁ? 百田さんの印象はぁ」
 
「私はずっと、幼稚園・保育園とお子さん相手の仕事に携わってきて、メディアの世界なんてまったくの別世界だったんですが、以前に百田さんの本を何冊か読ませていただいていたので、アシスタント募集のことを知ってダメモトで応募したんですね。そうしたら運よく最終選考に残ることができて。百田さんは、お父さんのような感じでした。とは言っても、私は幼いころに両親が離婚していて父との記憶はないのですが、お父さんっていうのはこういうものなんじゃないかっていうイメージをいつも描いていて、それが百田さんとお目にかかって、ああやっぱりそうなんだぁ~みたいな…」
 
「うっひゃ~っ、百田さん、ザンネ~ン!彼氏やのうて、お父さんやお父さん。はい、ご愁傷様~サスピショ~ン」 *サマーサスピションは、1983年にデビューした杉山清貴&オメガトライブの大ヒットデビューシングル。
 
微妙な笑いの中で番組が進行する。直子は直感していた。
 
この鶴田め、なかなか手ごわいぞ…。
 
それは、ふたりの言葉のラリーが、あまりにも自然だったからだ。本当の父娘だと言われたら信じてしまいそうなくらいハマッているのだ。百田が言うように、はなから波長が合ったのか、そうなるほど親密な関係になったのか…。直子は嫉妬の渦の中にいた。
 
 
「ということで、今回からは鶴ちゃんこと、鶴田妃菜さんと一緒に良い番組を作れるように頑張っていきますので、みなさまどうぞ引き続き『しらこわ』をよろしくお願いします」
 
いつの間にやら、鶴田のニックネームまで決まったらしい。鶴ちゃん?まぁ、せいぜい気張りぃや。気ぃ緩めたら、承知せぇへんでぇ~。直子はいつしか、『極道の妻たち』の岩下志麻になっていた…。
 
その後、番組内では、「自宅で簡単にデキる3つの健康チェック法」等が面白おかしく紹介され、出演者たちがその場で健康状態をはかる流れとなったが、クラッカーをほおばりながら、終始、鶴ちゃんばかりに目のいく直子であった…。 (To be continued.)

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