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【医療マガジン】エピソード2 直子と華乃宮小町の出会い(前編)

直子はその朝、壮大な大河ドラマでも見終えたような心地よい充足感のなかで目を覚ました。
 
夢か…。
 
ベッドに上体を起こすと、ついさっきまで目の前で繰り広げられていたカラー動画をリプレイしながら、鮮烈に刻まれた「華乃宮小町(はなのみやこまち)」という名前を口にしてみる。

老い先案内の女神、華乃宮小町…。

あの人はいったい、何だったのかしら…。ポットの湯を沸かしながら、今しがたまで観ていた夢を回想してみる。
 
老い先案内の女神、華乃宮小町…。
 
舞台は京王線の仙川駅。東急線や小田急線と比べると若干イモっぽい…。
かつてはそんな評価だった京王沿線のなかにあって、まるで自由が丘かと見まちがえるほどにおしゃれな街。それが現在の仙川だ。
 
ふだんは白百合女子大や桐朋音大といったフェイス&文化的レベルの高いお嬢様たちが街を彩り、週末ともなれば吉祥寺や成城からも華やかな女子たちがやってくる。都内でも人気急上昇のお洒落な街と化した駅前と、遠い昔から根づいている庶民的な商店街。さらには大型スーパーの激戦区でもあり、外資のおしゃれ系企業の店舗もこぞって参入。日本の典型的「中の上」ファミリーがその幸せぶりを披露する…。
 
そんな仙川駅の改札を出た真ん前にある大きな桜の木の下は、昼夜を問わず待ち合わせの人たちでごった返している。そこに、これでもかとばかりペチャクチャと井戸端会議に花を咲かせているバアサンがふたり。ここ仙川で生まれ育った素子と直子は、「最近やっと街が自分たちのレベルに追いついてきた」と威勢がいい。

が、駅前ロータリーの、こじんまりとしながらもきれいで整然とした雰囲気とはかなりのギャップがある。ふたりは、いつも一緒につるんでいる美子を待っている様子だ。素子は78歳、直子76歳、美子74歳。物心ついた時からの幼馴染で大親友。合わせて、自称「素直で美しい三人娘」である。
 
「で、直ちゃん。最近はどうなの?いい医者、見つかった?」
「素子ネエ、よく聞いてくれたわ。井之頭公園の近くにね、開業したばっかのドクターがいるのよ。それが、40代半ばでねぇ。あなた、なんと東大出なのよ」
「ええっ!東大?珍しいわよ、東大出身でクリニック開業するなんてさぁ。ふつう研究のほうでしょお。まさか、東海大じゃないわよね」
「正真正銘の東京大学よ。しかも整形だからね、患者も若い殿方が多いでしょお。妙にときめいちゃってぇ」
「やったじゃない。じゃ、しばらくはそこ、通うつもりぃ?」
「そうしたいんだけどねぇ」
「なによ?」
「若い男が多いだけにね。看護師もそれなりのレベルが揃ってるからねぇ…」
「???」
「歳が歳だけにねぇ…。あたしは不利かなぁって」
「あらイヤだ。また、直ちゃんの悪いクセだわ。別にドクターと付き合うわけじゃないんだから!適度な刺激をもらえればいいって割り切んなきゃダメよぉ!」
「そうよねぇ…。でも、そういう素子ネェはどうなのよ?」
「私は相変わらずよ」
「まだ、あの杏林のそばの?水戸黄門のうっかり八兵衛みたい童顔のドクターでしょお?」
「うん。確かにルックスはピンとこないけどねぇ。なんか不思議なんだけどね。あのドクターに手をギュッと握られてさ、じっと瞳を見つめられながらにこやかに問診されるとねぇ、胸がこうキュンとなっちゃうのよねぇ」 
「あのドクターは、60代そこそこってところかしらねぇ。ま、いつ行っても混んでるわ、あそこは」
「もうじき65歳ね。腕は大したことないんだけどねぇ、あのスキンシップと少年のような澄んだ瞳はねぇ…。効くのよ、実際」
「にしても、うっかり八兵衛さんも長いわよねぇ。もう手を打ったら。素子ネエももうじき傘寿(80歳)歳だし、末永く通えばいいんじゃなぁい?」
「まあねぇ…」
 
と、そこへ頬を紅潮させた美子が小走りにやってくる。
 
「お待たせぇ~」
「あら、美子ちゃん。その顔からすると当たったみたいねぇ」
「天文台のほうまで行ったんだってぇ?」
「そうなのよ。今月からね、火金だけなんだけどさ。慶応出の勤務医が来ることになったのよ」
「で?どうだったの?もったいぶらないで言いなさいよぉ」
「10点満点の9点ってとこね」
「あら、すごいじゃないのさぁ」
「ひと言でいっちゃうと阿部寛ね」
「最高じゃないのよぉ!」
「でしょお。こう、背が高くってね。ハンサムでさ、ちょっと声が低くってね。あの無精ひげも気に入ったわ」
「ああ悔しいっ。でも、いつまで持つかしらね。美子は熱しやすく冷めやすいからね」
「そんなことないわよぉ。でも今回は久々、ビビッと来たわ」
「フン。どうもご馳走さま!」
「ガハハハッ」 

と、素直で美しい三人娘の三重奏。おしゃれな街・仙川に場違いなバアサンたちの笑い声がかまびすしく響き渡った。
 
と、その時だ。あたりが突然闇と化し、ドドド~ンッと雷鳴が轟いたかと思うとパッと一閃。次の瞬間、三人娘の前に、何とも言えない艶やかさを放つキラキラな女性が降臨したではないか!
 
「あっ、天海祐希!? や、似てるけど違う!」
 
目を見開く三人娘に一瞥をくれると、女神はキリリとした口調で言い放つ。
 
「愚かなオバサンたち、いいかげんに目を覚ましなさい!」
 
鳩が豆鉄砲状態の三人娘に女神が続ける。
 
「まったくあなたたちときたら、非常識なまでに下世話で恥知らずで、品性のかけらもないオバサンたちだわねぇ」
「な、な、なんですってぇ!」
「私が何のためにあなたたちの前に現れたのか。わかるぅ?」
「……」
「あなたたちのように、極めて表層的にしか医者を見ていないプアーな人たちは、結局、健やかで幸せな老後は送れないの。理解できるかしらぁ、あなたたちにその意味が…。果たしてあなたたちがそれに気づけるオバサンかどうか。あなたたちを試しに来たの」
「あ、あなたは一体……」
 
三人娘を限りなく澄んだ瞳で見下しながら。
 
「ふん。あなたたちごときに名乗る意味も価値もないけれど……」
「ないけど……」
「まぁいいでしょう」

数秒の沈黙に、固唾を飲む三人娘。そして。

「人は私をこう呼ぶわ」

微動だにせず固まる三人娘。
 
女神は右手を腰に当て、天に届けとばかり左手の人差し指を高く突き上げ、優雅にターンをキメると。
 
「散る桜 残る桜も 散る桜…」
「はぁ?」
「人生100年時代の、老い先案内の女神」
「老い先案内の……女神ぃ?」
「華乃宮…小町」
「???」
 
次の瞬間、左手をおろしピストルのように三人娘に狙いを定めたかと思うと、キリリとした冷たいまでに澄みきったまなざしで……。

「バッキューン!」

三人娘はその場に崩れ落ちた……。(To be continued.)

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