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【医療マガジン】エピソード3 妃菜と百田の出会い(中編)

気分を変えて、過去動画をもう一本さがしはじめた直子の目が、サムネイルのひとつに釘付けとなる。
 
あれっ? あれれっ? これって、まさか…。
 
クリックした直子の眼前に現れたのは、まだ記憶に新しいあの人の姿ではないか!
 
「散る桜 残る桜も 散る桜…」
 
そして、右手は腰に、人差し指を伸ばした左手は天に。優雅なターンからカメラにピストルを突きつけ、「人生100年時代の老い先案内の女神、華乃宮小町、見参っ」からのバッキュ~ン!
 
「本日のゲストは、美容と健康を革新するアンチエイジング研究家の華乃宮小町さんです」
 
鶴田妃菜の紹介で、高貴感たっぷりの微笑をたたえながら、つい数時間前に夢の中に現れた女神が登場したではないか! 
直子はキツネにつままれたように画面に見入っている。
 
『しらこわ』のアシスタント鶴田妃菜、愛称・鶴ちゃんの紹介によれば…。人生100年時代と言われて久しいが、現代を生きる私たちは、長生きと引き換えにさまざまなリスクを課せられた。いつまでも健康で若々しく人生を謳歌したいと望む一方で、実際の寿命と健康寿命の差は10年近い。つまり、人生さいごの10年は、だれかの介助をもらいながら生き永らえていかざるを得ないということだ。そうならないために、今この瞬間をどう過ごすのか。それを実践指導するプロフェッショナルが、「人生100年時代の老い先案内の女神・華乃宮小町」ということだった。
 
番組は、百田と鶴田をはじめ、出演者たちが華乃宮小町の講義を聴く形で進行していく。テーマは、「あなたにとって良い医者とは?」である。
 
「これからみなさんに理解してもらうのは、健やかで幸せな人生を送るために、医者と接するときに医者のどこを見たらいいのかということです。ひと言で言えば、医者の品定め。そうなるかしら。患者と医者が向き合うことになるいろいろな場面ごとに、あなたたちにとって本当に望ましい医者とはどうあるべきかを教えてあげましょう。ま、今後も『しらこわ』を観てもらえたらの話ですけどね…。フンッ。
 
でもその前に、明確にしておかなければならないことがあるわ。あるべき医療との接し方を理解するうえで、どうしても押さえておかなければならない前提となる問題認識。それは、言葉の定義です。
 
そうね…。それじゃあ、はじめにあなたたちに質問するけど…。あなたたちにとっての理想的な医者の条件ってどんなかしら?これまで医者を選ぶときにもっとも重視してきた基準を述べなさい」
 
出演者たちは、思い思いの回答をフリップに書いていく。時間切れのチャイムの後、それぞれが自分の回答を示しながらコメントしていく。
 
「やっぱ、腕がいいことがいちばん重要でしょ」
「ていねいに説明してくれるお医者さんかなぁ」
「あたしは断然、人当たりがいいこと?だってさあ、気難しそうなお医者さんが多いじゃない?」
「ボクなんかは、仕事柄、日曜祝日とか夜間とかもやっててくれるところがいいですよねぇ」
「患者本位の診察とか治療とかを実践してるお医者さん?」
 
直子は、これまでの自身の医者選びを振り返りながら、なかなか回答を見いだせずにいた。つい数時間前に見た夢のインパクトが強すぎて、「家から近い」とか「一流医大卒」とか「若くてビジュアルがいい」とか言おうものなら、華乃宮小町の鉄槌が下るのではないかと怯えているからだ。
 
華乃宮小町のため息交じりのトークがはじまった。
 
「正直、あまりにも情けないですね。こんな人たちが出てる『しらこわ』が人気番組だなんて、ホント、見かけ倒しも甚だしいですねぇ。大のおとなが、どうしてそんな中身のない話を、そして笑いのひとつすら起きないクソ面白くもない話をしてるのかしら。まだ、イケメンがいいとか、東大出がいいとか言ってくれたほうが救いがあります。信じられませんね。自分の歳とか立場とかを考えなさい! で、メインキャスターの百田寿郎さん。それとぉ、そこのお嬢さん。書けたのかしら?」
 
直子は、あたかも自分が名指しされたかのように緊張しながら画面に注目する。百田と鶴田はどちらからとなくお互いのほうを向いて、アイコンタクトがあってから鶴田が口を開いた。
 
「私は、気になっている症状をとりあえず抑えてくれたうえで、その原因と根本的な解決策を具体的に指導してくれるドクターが理想だなって思いました」
 
「あなたねぇ……、鶴田さん? いちばんマトモじゃないですか。アシスタントですからね。予習してきたのかなぁ。それじゃあ、百田さんはいかがかしら?」
 
思わず姿勢を正す直子。がっばって、寿郎さん!
 
「ヤバッ。鶴ちゃんにプレッシャーかけられたな…」
 
「何ですてぇっ」
 
「いえ、何でもありません。私にとっての良い医者ですが、年齢とともに諸々の症状が出たとしても、それをいい意味でごまかしながら100歳まで、美味しく飲み食いデキて、生涯現役を全うできるよう実践指導してくれるドクター。そんなドクターがいたとしたら、医者嫌いの私ですが、通ってもいいかなと思いますね」
 
「ふぅん。ちゃあ~んと考えてんのね。合格よ」
 
出演者たちから歓声と拍手が起こる。それを遮って、華乃宮小町が言葉を紡ぐ。
 
「まぁいいわ。どうしようもない回答をした人たちも、まぁどうにか及第点の人も、しばらく私の話をじっくりと聴きなさい。心の耳で、しっかりとね…。
 
そこのブレイク前のコメンテイターさんたちもそうだけど、世の中のほとんどの患者さんたちは、口を開けば「どっかに良いお医者さん、いないかしら?」って言うのよね。でも、「あなたにとって良い医者って、具体的に言うとどんな医者なの?」と質問すると、多くの人は明確に答えられないの。自分自身が「良い医者」を定義できていないんだから、尋ねられたほうだって答えようがないわよね。
 
つまり、患者たる者、「良い医者」を探そうと思ったら、「自分にとっての良い医者とは、○○○な医者である」の、○○○の部分を明確にしておく必要があるということ。患者が10人もいれば、みんなそれぞれ「良い医者」っていう価値観は違って当然でしょ。だからこそ、何をさておいても、私たちひとりひとりが、自分にとっての「良い医者」の定義をすることが大大大大大前提ということになるわけよね。
 
で、ある意味、あなたたちはすごいと思うわ。それぞれに自分の価値観をしっかり認識できているわけですものね。でも、考えなきゃいけないのは、あなたたちが「良い医者」を見つけて確保することの目的と、「良い医者」の判断基準とがちゃんとリンクしているのかっていうこと。わかるかしら?

もしもあなたたちのゴールが医者と結婚することなのであれば、イケメンと答えてもまんざらまちがいとは言えないかもしれない。でも、どうなの?あなたたちが病医院巡りをしているのは結婚相手を探しているから?ちょっと冷静に考えれば、それは違うってわかるはずよね」
 
直子は動画を一時停止すると、はたと自問自答するのだった。私にとって「良い医者」って? 幼馴染の素子と美子、三人でドクターショッピングを繰り返しているけれど、いったい自分は、どんな基準で医者たちを見てきたのだろうか…。華乃宮小町が言うように、素子も美子も、そして私も、自分にとっていちばん望ましい医者とは、果たしてどのような医者なのか…。

すぐに明確な答えが出てこない自分を、ちょっぴり情けなく感じる直子であった。2杯目のオレンジペコを飲み干すと、直子は一時停止ボタンを解除した。クールな美しさを振りまきながら、小町のシャープなベシャリが繰り広げられる…。 (To be continued.)


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