【記事】心不全の考え方と漢方処方

心不全は、心臓の機能が低下し、体が必要とする血液を心臓が十分に送り出せなくなった状態のことをいいます。
心筋梗塞、心臓弁膜症、心筋症、狭心症、心筋変性、心膜炎などの心臓の病気だけでなく、高血圧症などによっても心臓に負担が掛かり続けることにより心不全になります。
また、加齢、過労、暴飲暴食、ストレス、運動不足、感染症などにより、心臓の機能が衰えたり、心臓に負担が掛かり続けたりすることで心臓の機能が失調しても、心不全になります。 

人が生きていくためには、酸素と栄養が欠かせません。
この酸素と栄養は、血液によって体の隅々まで運ばれます。
その血液を体全体に運び循環させるポンプの役割を果たすのが、心臓です。

このポンプとしての心臓の機能が低下すると、心臓が送り出す血液の量(心拍出量)が少なくなり(収縮不全)、全身に十分な酸素や栄養が行き渡らず、様々な症状が表れます。
一方、心臓が血液を受け取る機能が低下すれば(拡張不全)、肺や全身の静脈に血液がたまって鬱血し、また別の症状が生じます。

心拍出量が減ると、心臓は心拍出量を元の量に保つために、拡大して1回の拍出量を増やしたり(心拡大)、あるいは脈拍数を増やしたりと、自ら対応します。
しかし、これらが長期化すると心臓への負荷が増し、心不全が進行します。

心不全に見られる症状は様々です。
心拍出量が減ると、酸素や栄養が十分行き渡らず、疲れやすい、息切れ、だるい、などの症状が生じます。
血液が末端にまで行き渡らないため、手足の先が冷え、肌の色が悪くなります。
脈拍数が上がると、動悸がします。
心臓に戻ってくる血液が滞ると、肺に血液の鬱滞が起こって酸欠状態を来し、息苦しくなります。
手足などに鬱滞が起こると浮腫(むくみ)が生じます。
特に足の甲や脛(すね)がむくみます。
胃腸の粘膜や肝臓がむくむと、食欲がなくなったり、おなかが張ったり、鈍痛が起こったりすることもあります。
心不全の初期は坂道で息切れしたり咳が出たりする程度ですが、進行すると平地を歩いても息苦しくなったり、横になるだけで咳が出たりします。

心不全の原因となっている病気が明らかな場合は、その病気の治療をします。
慢性化している場合(慢性心不全)には、利尿薬、ジギタリス製剤、ACE阻害薬、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)、β遮断薬などで症状を緩和します。

漢方では、心不全は五臓の心(しん)と関係が深い状態と捉えています。

心は五臓の1つで、心臓を含めた血液循環系(血脈)をつかさどることと、人間の意識や判断、思惟などの人間らしい高次の精神活動(神志[しんし])をつかさどることが、主な機能です。
心は、循環器系だけでなく、大脳新皮質など高次の神経系とも深く関係している臓腑です。
このうち、気(生きるために必要な生命エネルギーに近い概念)の推動作用、すなわち心臓の拍動に基づく循環機能を「心気」、そのうち特に気の温煦(おんく)作用(エネルギー代謝により人体を温めて体温を維持する作用)が主な場合を「心陽」といいます。
また高次神経系や心筋に対する滋養作用を「心血」、そのうち特に陰液による滋潤作用が主な場合を「心陰」といいます。

心気・心陽は心拍の亢進や中枢の興奮と、また心血や心陰は心拍の安定や中枢の抑制と関係が深く、これらが協調し合うことにより心の機能が正常に維持されています。
そして、これらのバランスが失調すると心臓の能力が低下し、心不全となります。

心臓のポンプ機能の失調のみならず、自律神経系やホルモン内分泌系の失調によっても心不全は生じます。
これらは五臓の肝(かん)や腎(じん)と関係の深い機能です。
また心不全は体内に水分が過剰に滞っている状態であり、痰飲(たんいん)の除去も常に念頭に置いて治療を進める必要があります。
痰飲とは、体内に停滞する異常な水液や物質のことです。

漢方では、これらのバランスの失調や不調を漢方薬で改善することにより、心不全を治療します。

心不全の証には、以下のようなものがあります。

心不全のベースにあるのは、「心気虚(しんききょ)」証です。
五臓の心(しん)の機能(心気)が低下している状態です。
心疾患だけでなく、考え過ぎや、心労の積み重ねにより、心気が不足し、動悸、息切れ、疲労倦怠感、めまい、不安感、胸苦しい、などの症状が表れます。
漢方では「汗は心液である」と言い、心の病変があると発汗が増え、冷や汗など、多汗になります。
気力や体力が弱っているので、普通の人なら気にならないことでも気になってしまうところがあります。
この証の場合は、心気を漢方薬で補うことで心の機能を強化し、心不全を治療します。

息苦しい、不安感、不眠などの症状がみられるなら、「心気陰両虚(しんきいんりょうきょ)」証です。
心の機能(心気)の低下に加え、陰液(心陰)が不足している体質です。
心疾患に加え、過度の心労、思い悩み過ぎ、過労が続くと、心に負担が掛かり、心気と心陰が消耗してこの証になります。
疲労倦怠感、動悸、息切れ、めまい、不安感、胸苦しい、多汗などの心気虚の症状や、不眠、不安感、のぼせ、手のひらや足の裏のほてり、口渇、焦燥感など、心陰虚の症状がみられます。
虚熱タイプです。
燥証と不整脈を伴う高齢者の心不全によくみられる証です。
漢方薬で心気と心陰を補い、心不全の治療をします。

加齢に伴い心不全が慢性化しているようなら、「腎陽虚(じんようきょ)」証です。
腎の陽気が不足している体質です。腎は、生きるために必要なエネルギーや栄養の基本物質である精(せい)を貯蔵し、人の成長・発育・生殖をつかさどる臓腑です。
また「水、骨、納気をつかさどる」臓腑として、体液の代謝全般の調節、骨の形成、呼吸(特に吸気)をつかさどる機能もあります。
腎陽が衰えると心気も衰え、水分代謝が低下し、心不全が生じます。加齢とともに生じやすい証ですが、加齢だけでなく、過労、生活の不摂生、慢性疾患による体力低下などによっても人体の機能が衰え、循環不全による冷えが生じてこの証になります。
腎陽を補う漢方薬で心不全の治療を進めます。

腎陽に加え、脾(ひ)の機能(脾気)も弱っている心不全もよくみられます。
先天的な虚弱体質や、過労、加齢、慢性疾患などで脾と腎の陽気が衰え、津液を気化できなくなる「脾腎陽虚(ひじんようきょ)」証です。
脾は五臓の1つで、消化吸収や代謝をつかさどり、気血(エネルギーや栄養)の源を生成します。
脾気が弱ると元気がなくなり気力が衰えます。
そして脾腎陽虚になると、津液が停滞し、希薄な水液が三焦(人体を大きく3つに分けた概念。胸から上を上焦、真ん中を中焦、臍[へそ]から下を下焦という)にたまり、肺からあふれ、白くて薄い痰が出ます。
体が冷え、むくみや頻尿も生じます。
脾と腎を温めて機能を回復させる漢方薬で心不全を治療します。

浮腫が顕著な心不全にみられることが多いのは、「肺失宣粛(はいしつせんしゅく)」証です。
五臓の1つである肺の機能(肺気)として、人体に必要な気と津液を全身の隅々に散布し(宣発[せんぱつ])、呼吸を調えて津液を次第に下方に押し進めること(粛降[しゅくこう])が挙げられます。
宣発・粛降機能により体液の調節をする水分代謝の過程を、「水道を通調する」と表現します。
この肺の宣発・粛降機能が阻害されると、この証になり、水道の通調が機能不全となって水湿が停滞し、水腫(浮腫)が生じます。
心不全の場合は気虚がベースにあるので、息切れ、咳嗽、自汗、元気がない、などの症状がみられます。
気を補い水腫を利する漢方薬で心不全を治していきます。

胸苦しい、呼吸困難、痰が多い、などの症状がみられるなら、「肺気逆(はいきぎゃく)」証です。
呼吸を調えて津液を次第に下方に押し進めるという五臓の肺の粛降(しゅくこう)機能が失調している体質です。
肺から痰飲が上逆し、上気道に鬱滞し、上気道が狭まります。咳嗽や、喉の不快感を伴う場合もあります。
肺気を降逆して上気道に鬱滞する痰飲を除去する漢方薬で、心不全を治療します。

呼吸困難、呼吸促迫、胸水など、胸部の痰飲が明らかな心不全なら、「支飲(しいん)」証です。
支飲とは、痰飲が胸部を侵した状態です。
前述の症候のほか、浮腫、咳嗽、喀痰、起座呼吸、チアノーゼなどもみられます。
痰飲を取り除く漢方薬で心不全を治療します。


■症例1
「10年前から高血圧です。ここ数年は階段や坂道を上ると息切れがするようになりました(労作時呼吸困難)。
痰がよく出ます。近ごろ夜間に咳が続くようになり、胸部X線検査で心肥大が認められ、心不全と診断されました。
利尿薬を処方されていますが、あまり効きません」

痩せ型の70歳の女性です。足がむくみます。
食欲があまりなく、軟便気味です。
舌は白く、ぽってりと膨らんでおり、湿った白い舌苔が付着しています。

この女性の証は、「脾腎陽虚(ひじんようきょ)」です。
腎と脾の両方の陽気が衰えている状態です。
津液が停滞し、希薄な水液が三焦にたまり、肺からあふれ、白くて薄い痰が出ます。高血圧、息切れ、多痰、咳嗽、むくみ、食欲不振、軟便、ぽってりとふくらんだ白い舌、湿った白い舌苔などは、この証の特徴です。
冷え症、手足がだるい、頻尿などの症状がみられることもあります。

この証の人には、脾と腎を温めて機能を回復させる漢方薬を用います。
代表的な処方は真武湯(しんぶとう)です。
服用を始めて3カ月後には、咳や息切れを感じずに生活が送れるようになりました。


■症例2
「40代から息切れしやすく、心肥大と不整脈を指摘されています。
10年ほど前に拡張型心筋症による心不全と診断されました」

太り気味の65歳の男性です。
かぜを引いたときや疲れたとき、階段を上ったときなどに、息切れがひどくなり、喘鳴が生じます。
足のむくみが顕著です。
舌は白っぽく、白い舌苔が付着しています。

この男性の証は、「肺失宣粛(はいしつせんしゅく)」です。
肺の、気と津液を全身の隅々に散布し(宣発[せんぱつ])、呼吸を調えて津液を次第に下方に押し進める機能(粛降[しゅくこう])が失調している体質です。
この肺の宣発・粛降機能が阻害され、水道の通調が機能不全となって水湿が停滞し、ベースの気虚と相まって、水腫(浮腫)、息切れ、喘鳴などが生じています。

この体質の場合は、気を補い水腫を利する漢方薬で、心不全を治していきます。
この患者さんには防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)を服用してもらいました。
服用を始めて1カ月後くらいから浮腫が改善してきました。
半年後には坂道でも息切れしなくなりました。


■症例3
「胸苦しさが続いており、心不全と診断されています。
高齢のため、手術は難しく、利尿薬は脱水症状を来しかねないなどと、西洋薬の使用も制限されています」

87歳の男性です。
痰が絡み、たくさん出ます。
腹満があります。
舌には白い舌苔がべっとりと付着しています。

この男性の証は、「肺気逆(はいきぎゃく)」です。
呼吸を調えて津液を次第に下方に押し進める五臓の肺の粛降(しゅくこう)機能が失調している体質です。
肺から痰飲が上逆し、上気道に鬱滞し、上気道が狭まります。
胸苦しい、痰が多い、べっとりとした白い舌苔などは、この証の特徴です。
咳嗽、喉の不快感などの症状を伴う場合もあります。

この場合は、肺気を降逆して上気道に鬱滞する痰飲を除去する漢方薬で心不全を治療します。
この患者さんには、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)を服用してもらったところ、2カ月ほどで痰が絡まなくなりました。
8カ月ほどで胸苦しい不快感がすっかりなくなりました。

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呼吸困難、呼吸促迫、胸水など、胸部の痰飲が明らかな「支飲(しいん)」証の心不全には、痰飲を取り除く木防已湯(もくぼういとう)や五苓散(ごれいさん)がよく用いられます。

心気が低下して動悸、息切れ、疲労倦怠感などが生じている「心気虚(しんききょ)」証には、心気を補う四君子湯(しくんしとう)などを使います。

息苦しい、不安感、不眠などがみられる「心気陰両虚(しんきいんりょうきょ)」証の心不全には、心気と心陰を補う炙甘草湯(しゃかんぞうとう)が効果的です。

加齢に伴い心不全が慢性化しているような「腎陽虚(じんようきょ)」証には、腎陽を補う牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)などを用います。

2018年11月25日 16:24

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