【記事】乾癬の考え方と漢方処方

人体の中で最も大きな臓器である皮膚の役割は、外界からの刺激(乾燥、紫外線など)から人体を守り、細菌やウイルスといった異物が体内へ侵入するのを防御すること(免疫機能)です。
この機能を維持するために、体表では常に新しく新鮮な皮膚の細胞が作られ、古くなった外側の皮膚細胞(角質)は細かい垢(あか)となって剥がれ落ちています(ターンオーバー)。

ターンオーバーは通常、約28〜40日で繰り返されますが、皮膚(表皮)の細胞が異常に増殖すると、皮膚の表面に角質が積み重なり、皮膚が厚くなり、古くなった細胞がフケのようにぼろぼろと剥がれ落ちる状態になります。
これが乾癬です。乾癬の患者さんのターンオーバーは通常の約10倍の速さで、周期は4〜5日と極端に短くなっています。

乾癬には幾つかの種類がありますが、その多く(約9割)は尋常性乾癬です。
尋常性乾癬以外には、乾癬性関節炎、滴状乾癬、乾癬性紅皮症、膿疱性乾癬があります。

尋常性乾癬は、皮膚が赤くなり(紅斑)、盛り上がり(浸潤・肥厚)、その表面を銀白色の細かいかさぶた(痂皮[かひ])が覆い(鱗屑[りんせつ])、それがフケのように剥がれ落ちる(落屑[らくせつ])、といった症状がみられます。
痒みや、爪の変形を伴うこともあります。
一般に乾癬といえば、この尋常性乾癬を指します。
皮膚が赤くなり、ぽろぽろと剥がれ落ち、爪がでこぼこになり、初対面の相手などに良くない印象を与えかねないと悩む人も少なくありません。

乾癬が発症する原因はまだ明らかになっていませんが、免疫機能の異常(自己免疫反応)や、ストレス、乱れた食習慣、乾燥した気候などの外的因子、さらに肥満や糖尿病、脂質異常症(高脂血症)などの内的因子が関与しているのではないかと考えられています。

西洋医学では、炎症を抑えるステロイド外用薬や、表皮細胞の過剰な増殖を抑制する活性型ビタミンD3外用薬などで症状を抑える治療が中心となります。
外用薬で症状を抑えられない場合は、光線療法(紫外線照射)や内服、生物学的製剤による抗体療法(注射など)も行われます。

漢方では、乾癬による病変の証と、乾癬が生じた根本にある患者の体質という全体的な証の両方をみて、治療を進めます。
例えば、紅斑は熱証が強い状態です。
鱗屑や落屑は燥証が強い段階です。
それらの病変に応じて、漢方薬で熱証を冷ましたり、燥証を潤したりします。

体質的には、乾癬の背景に、余分な熱がこもりやすい体質や、乾燥しやすい体質、免疫系が不安定な体質、ストレスに弱い体質などがあります。
これらの体質を漢方薬で改善し、乾癬が生じにくい体質に近づけていきます。

患者にとってつらい症状を寛解状態に導くことは非常に大切ですが、それだけでは再発や悪化を繰り返すことになります。
乾癬の発症に関与していると思われる患者の体質を改善することにより、再発や悪化を減らしていくことにも漢方は力を入れています。

乾癬の証には、以下のようなものがあります。

紅斑が色濃く顕著なら、「熱毒(ねつどく)」証です。
熱毒は、激しい炎症、あるいは化膿性の炎症に相当します。
化膿し(膿疱)、熱感や疼痛を伴う場合もあります。
全体的な症候としては、口の渇き、唇の乾燥、発熱、もやもやと落ち着かない不安感や不快感(煩躁)などがみられます。漢方薬で熱毒を冷まし、乾癬の治療をします。

落屑や肥厚が顕著なら、「血虚(けっきょ)」証です。
血(けつ)は、人体の構成成分の1つで、血液や、血液が運ぶ栄養という意味があります。
この血の量が欠乏している体質が、血虚です。
もともと皮脂の分泌が悪く、皮膚が乾燥している場合が少なくありません。
全体的な症候として、顔色が悪い、眼がかすむ、爪がもろい、ふらつき、動悸などがみられます。漢方薬で血を補い、乾癬を治していきます。

落屑などの血虚の症状に加えて、紅斑などの熱毒の症状も明らかなら、「血虚血熱(けっきょけつねつ)」証です。
血を補い、熱毒を冷ます漢方薬で乾癬の治療を進めます。

落屑などの血虚の症状に加え、痒みが強いようなら、「血虚生風(けっきょしょうふう)」証です。
血虚に伴い風邪(ふうじゃ)が生じている証です。
風邪とは、自然界の風により生じる現象に似た症候を引き起こす病邪で、風のように発病が急で、変化が多く、人体の上部や体表部(皮膚)、肺などの呼吸器を侵すことが多い病邪です。
患部があちらこちらと移動しやすく(遊走性)、また拡大しやすいのが特徴で、痛み、痒み、関節運動障害などの症状が出ます。
漢方薬で血を補いつつ風邪を除去し、乾癬を治療していきます。

皮膚の肥厚や角化(角質化)、色素沈着などがみられるようなら、「血瘀(けつお)」証です。
血流が鬱滞しやすい体質です。精神的ストレスや、冷え、体内の水液の停滞、生理機能の低下などにより、この証になります。
疾患や体調不良が慢性化、長期化してこの証になる場合もあります。全体的な症候として、下腹部痛、頭痛、肩凝り、冷えのぼせなどがみられます。
血行を促進する漢方薬で血流を改善し、乾癬の治療を進めます。

ストレスの影響で症状が悪化するようなら、「肝鬱気滞(かんうつきたい)」証です。
五臓のうち、体の諸機能を調節し、情緒を安定させる働き(疏泄[そせつ])を持つ臓腑である肝の機能(肝気)がスムーズに働いていない体質です。
肝は自律神経系と関係が深い臓腑です。一般に、精神的なストレスや、緊張の持続などにより、この証になります。
全体的な症候として、いらいら、落ち込み、情緒不安定などがみられます。
漢方薬で肝気の鬱結を和らげて肝気の流れをスムーズにし、乾癬を治していきます。

肥満や糖尿病、脂質異常症(高脂血症)の影響が考えられるようなら、「痰湿(たんしつ)」証です。
痰湿というのは、体内にたまった過剰な水分や湿気のことです。
脂肪や血糖なども含まれると考えられます。
体液代謝の失調や低下、炎症、循環障害、ホルモン異常、代謝産物の体内蓄積、食べ過ぎ、食事の不摂生などによってこの証になります。
この痰湿が水疱やびらんを始め、皮疹の原因となることは少なくありません。
全体的な症候としては、食欲不振、腹が脹る、立ちくらみ、舌がぽってりと大きい、舌に歯形がつく、などがあります。
腫れ、できもの、しこりなど、腫瘤ができやすい体質でもあります。
「痰飲(たんいん)」とも称されます。痰湿を取り除く漢方薬で乾癬を治していきます。

免疫機能の異常(自己免疫反応)を改善するには、「腎陰虚(じんいんきょ)」証などの治療をします。
腎は五臓の1つで、生きるために必要なエネルギーや栄養の基本物質である精(せい)を貯蔵し、人の成長・発育・生殖、並びに水液や骨をつかさどる臓腑です。
ホルモン内分泌系や、生殖器泌尿器系、免疫機能と深い関係にあります。
この腎の陰液(腎陰)が不足している体質が、腎陰虚です。加齢や過労、不規則な生活、大病や慢性的な体調不良、性生活の不摂生などによって腎陰が減ると、この証になります。のぼせ、寝汗などの熱証がみられます。
この証の場合は、腎陰を補う漢方薬で乾癬に対処します。


■症例1
「長年、尋常性乾癬に悩んでいます。
皮膚科で治療をしてきましたが、良くなったり悪くなったりを繰り返しています」

腹部や太ももに発疹が出ています。
状態が良くなったと思って外用薬を塗るのを止めると、患部がまた赤くなり、症状が悪化します。
肥満気味で、会社の健康診断では毎年、中性脂肪が多いと指摘されます。
便秘がちで、腹部に膨満感があります。
舌は紅く、黄色い舌苔が付着しています。

この患者さんの証は、「痰湿(たんしつ)」です。痰湿とは、体内にたまった過剰な水分や湿気のことです。
脂肪や血糖なども含まれると考えられます。
「痰飲(たんいん)」とも称されます。
この痰湿が皮膚で尋常性乾癬を生んでいると思われます。
肥満、脂質異常、腹部膨満感などは、この証の特徴です。
胃のつかえ感などの症状がみられることもあります。

この証の場合には、漢方薬で痰湿を取り除き、乾癬を治していきます。
この患者さんには紅い舌、黄色い舌苔などの熱証もみられたので、大柴胡湯(だいさいことう)などを服用してもらいました。
寛解と増悪を繰り返しつつも、4カ月後には皮膚の発赤(紅斑)が薄くなり始めました。
1年後には太ももの発疹がほとんどなくなりました。
体重と中性脂肪値が下がったと喜ばれました。

■症例2
「尋常性乾癬です。
髪の生え際や、肘、足の膝から脛(すね)にかけて出ています。
病院の治療で皮膚の赤みは軽くなりますが、鱗屑や落屑が改善しません」

20代の女性です。
休日など家にいると、剥がれた鱗屑が床一面に薄く広がります。
乾癬にかかる前から乾燥肌ではありました。
口がよく渇きます。
舌は紅く、黄色い舌苔が付着しています。

この患者さんの証は、「血虚血熱(けっきょけつねつ)」証です。
落屑などの血虚の症状に加え、紅斑などの熱毒の症状も明らかです。

この体質の場合は、血を補い、熱毒を冷ます漢方薬で湿疹を治します。
代表的な処方は温清飲(うんせいいん)です。
この患者さんは温清飲などを服用し、半年後には明らかに落屑の量が減りました。
症状の改善は少しずつでしたが、2年後には足の乾癬の状態がかなり良くなり、発疹を気にせずスカートがはけるようにまでなりました。

落屑や肥厚は、ベースに「血虚(けっきょ)」証が関与しています。
もともと皮脂の分泌が悪く、皮膚が乾燥している場合が少なくありません。
血を補う四物湯(しもつとう)が基本処方です。

落屑などの血虚の症状に加え、痒みが強いようなら、「血虚生風(けっきょしょうふう)」証です。
血を補いつつ風邪を除去する当帰飲子(とうきいんし)などを用います。

鱗屑や落屑よりも紅斑が顕著なら、「熱毒(ねつどく)」証です。
熱毒を冷ます黄連解毒湯(おうれんげどくとう)などを使います。


■症例3
「最初は頭が痒くなり、フケが多く出るようになったので、近所の皮膚科を受診しました。
脂漏性湿疹と診断され、ステロイド外用薬による治療を始めましたが、症状が手足に広がってきたので別の皮膚科を受診したところ尋常性乾癬と診断され、治療を続けています」

乾癬は、背中にも広がっています。
皮膚が赤く盛り上がり、銀白色の鱗屑も顕著です。
乾癬のほかには、手足のほてりや、口渇、寝汗があります。
舌は暗紅色で乾燥しており、舌苔はほとんど付着していません。

この患者さんの証は、「腎陰虚(じんいんきょ)」です。
五臓のうち、免疫機能などと関係が深い腎の陰液(腎陰)が不足している体質です。
陰液とは、人体の構成成分のうち、血・津液・精を指します。腎陰が欠乏し、免疫機能が正常に働いていないのかもしれません。
手足のほてり、口渇、寝汗、暗紅色の乾燥した舌、少ない舌苔などは、この証の特徴です。
めまい、耳鳴りなどの症状がみられることもあります。

この体質の場合は、漢方薬で腎陰を補い、乾癬に対処します。
代表的な処方は、六味地黄丸(ろくみじおうがん)です。
この患者さんにも六味地黄丸を服用してもらったところ、症状は少しずつ改善し、1年後には紅斑、落屑ともに軽度になり、1年半後にはフケのような落屑を気にせず色の濃いスーツが着られるようになりました。

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今回紹介した症例のほかに、皮膚の肥厚や角化(角質化)、色素沈着などがみられるようなら、「血瘀(けつお)」証です。
血行を促進する桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)や桃核承気湯(とうかくじょうきとう)で血流を改善し、乾癬の治療を進めます。

ストレスの影響で症状が悪化するようなら、「肝鬱気滞(かんうつきたい)」証です。
四逆散(しぎゃくさん)や加味逍遙散(かみしょうようさん)で肝気の鬱結を和らげて肝気の流れをスムーズにし、乾癬を治していきます。

2018年11月30日 11:48

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