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歩くスキーの楽しみ

 スキーを再開してから20年ほど経って、何だか年々スキーが下手になってきたような気がしてきた。以前は若い人たちと一緒になって急斜面を滑ったのが、最近は気後れするだけでなく体がついていかなくなってきた。数年続いていた少雪で滑る機会が減っていることもあるが、やはり年齢のせいかなとも思う。それでもスキーはしたいので、もともと怖がっている妻を「緩斜面で滑るから」と誘ってみるが、なかなかウンと言わない。やれ「寒い」やら「ブーツで固定されて重いスキーを履くのがいやだ」、挙げ句の果ては「緩斜面と偽って急なところへつれていくんでしょう」と来る。一人で特訓するほどの根性もなく、ますますスキー場から遠のいてしまうばかりだった。
 そこで思いついたのがクロスカントリースキーだ。古くは「ラングラウフ」とも呼ばれたが、冬季五輪ノルディック複合でメダルを獲得してから一般にもよく知られるようになった。しかし、競技としてニュースなどで報道される程度だから、ただ辛いだけの自虐的なスポーツと見られることが多い。しかし、北欧や北米では愛好者も多いというから、辛いばかりではあるまい。ひとつやってみるかと、資料を漁った。ところが、無い。やっと手に入ったのは、わずかに本1冊とビデオ1本。東京へ出張したついでに、その本に広告が載っていたスポーツ用品店に行ってみた。
 神田駅前のその店はクロスカントリースキー専門店で、あまり熱心に説明してくれるので、格安の入門用セットを妻の分と2組もその場で買う羽目になってしまった。しかも、紹介してくれたスキーエリアは、東京から行きやすい、ということは私の住む福井からはかなり遠いところばかりだった。これではせっかく買い揃えたクロスカントリースキーを履くのは春休みまでお預けだ。文句を言われるのは覚悟の上で、「お前さんの希望どおりのスキーを見つけてきたぞ」と帰宅するなり妻にスニーカーのような靴と軽い板を見せ、「平地を歩くだけで、急斜面を滑ることはないし、歩いていれば汗をかくほど暖かい」と言うと、意外にも「まあうれしい、早くやってみたい」と言うではないか。半信半疑のまま待つこと2ヶ月。春休みも近づいたので、紹介されたいくつかのスキーエリアへ問い合わせてみると、どこも雪不足。やっと長野県の斑尾高原がオーケーというので、ペンションに宿泊を予約した。
 若い女の子たちで賑わうゲレンデを後目に、真新しいクロスカントリースキーを履いた中年夫婦を押しつけられてしまったインストラクターは、私たちの息子より若い青年(少年?)だった。高校を卒業したばかりで、大学が始まるまでの少しの間ここでインストラクターをしているとのことだが、これがなかなかの人物。技術的な指導だけでなく、クロスカントリースキーの構造や機能の解説もしっかりしていて、しかも合間には聞こえてくる鳥の声や雪の下に顔を出しかけている植物の芽にも関心を持たせてくれる。おかげで、すっかりクロスカントリースキーの虜になってしまった。辛いどころか、ちょっとした坂なら楽々登れ、自分の体力に会わせて楽しめる。一歩外へ踏み出せばこんなに素晴らしい世界が広がっているのに、狭いゲレンデで同じコースをリフトで上がっては下りるだけのアルペンスキーがなんとも馬鹿らしく思えてくる。ブランデーでも滴らせた熱い紅茶でもあれば、もう言うことはない。「この心地よい疲れを癒すのは、やはり温泉だな」と、インストラクターの目を盗んで妻に言うと、ウンウンとうなづくのも至極当然。いずれテレマークターンをマスターしてやろうとは少し野望に過ぎるかと思いつつ汗を拭った。
 家に帰ると、本屋から注文しておいた本が届いたと連絡が入っていた。最初に見つけた本に参考書として掲げられていた「歩くスキーのすすめ」という本だ。聞いたこともない出版社のもので、手に入るか心配だったが、幸いあったようだ。早速受け取って読んでみると、われわれが斑尾で教わったのはまさにこれ「歩くスキー」だったことがわかった。なるほど、「クロスカントリースキー」では競技と混同してしまうが、「歩くスキー」ならその心配はない。うまく名付けたものだと感心しながら読んでいくと、そこにはしっかりした思想があることがわかってきた。ページを進めていくにしたがって、どんどん面白くなって、すぐにでもまたやりたくなったが、もう春で、近くには雪はない。来季、雪が降るまでお預けだ。

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