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はじめての北海道歩くスキー

 北海道には人一倍思い入れがある。それは、片岡義男の中編小説「朝になったらタッチミー」を読んだときから始まった。自動車関係のアンソロジーの中にあったのを偶然見つけて読み、衝撃的な感動を覚えた。苫小牧港でフェリーから降りたハーレーに乗った女性ライダーの後を追って、襟裳岬を経て知床まで行く話だが、そのルートをたどってみたいと思ったのがきっかけだった。私は、二輪ではなく四輪だし、数回に分けて寄り道をしながらだったが、そのおかげで観光地をスポットで廻る旅行では味わえない景色を楽しむことができた。
 そして、その後もことあるごとに北海道を訪れ、山全体が紫色に染まる富良野のラベンダー、晩夏の利尻・礼文、旭岳の目をみはる紅葉、対岸も見えない摩周湖の霧などに感激した。しかし、何といっても冬が一番。雪や氷に覆われた山野や町並が美しいし、暖かい部屋に入って飲むビールの旨さ。仕事の関係もあって、冬に北海道へ行くことが多いが、何回行っても良いものだ。スキーなしでもそうだが、願わくば板を携えて行きたいもの。
 斑尾高原で初めてクロスカントリースキーを体験した翌年、「歩くスキーはやっぱり北海道だよ!」とばかり、妻と連れだって北海道へ飛んだ。
 札幌に着いて、まずはホテルへと思った途端、真っ青。クーポン券はもちろん、現金やクレジットカードを入れた財布もない。そういえば、待ち時間にセカンドバッグをベンチに置いたっけ。あわてて電話で問い合わせると、幸運なことに、届いているという。急いで千歳空港まで戻り、バッグを受け取った。中に入っていたものも何もなくなっておらず、ひと安心。しかし、その日に予定していた中島公園での足慣らしは中止にした。疲れた。ホテルの窓からは公園のナイター照明も見えるが、とてもスキーを履く気分にはなれない。ひたすらビールをあおる。
 一夜明けると、元気も回復。板も靴も軽いので、気軽にかついでバスターミナルへ。今日の目的地は羊ヶ丘に隣接する西岡水源地。歩くスキーのメッカというべきところだ。札幌国際スキーマラソンの会場にもなっている。到着して、早速スキーを履いてコースへ出る。でも、ちょっと違うぞ。斑尾ではあんなによくできたのに、ここでは上手く歩けない。下りも、大した傾斜でもないのに、怖い。だからすぐ転んでしまう。コースの幅が狭くて、アップダウンがあるからなのか、どうも勝手が違う。やっとの思いで開けたところまでたどり着いて、小休止。ここはトイレもあって、クロスカントリー競技の選手の練習場になっているようだ。われわれも、ちょっと拝借して、基礎技術を復習することにした。1年も前にたった1度教わっただけだから、忘れているというより、全く身についていなかったのだ。それでも、練習しているうちに、何とかできそうな気がしてきたので、コースへ戻る。少しは良くなったようだ。しばらく歩いて、「北海道歩くスキー協会」のロッジを見つけ、立ち寄ってみる。誰かいて、少しは話が聞けることを期待していたのだが、冬休みとはいえ、平日だからか、人影はない。淋しさと自信喪失とで、早々に帰途につき、冷えた身体をラーメンで暖めた。
 翌日、もっと易しく、それでいて北海道らしいコースということで選んだのが野幌森林公園。またバスターミナルから直通バスに乗る。これなら公園の入口まで行ってくれるから、冬は特に便利だ。ところが、そのわりにバスはガラガラ。乗っていた人もどんどん降りてしまって、終点まで来たのはわれわれ二人だけ。バスを降りて、早速スキーを履いて歩き始める。まずは正面に見える百年記念塔へ。北海道開拓百年を記念して建てられた高さ100メートルの建物で、札幌市内からも見えるが、来たのは初めてだ。しかし、入口まで来てがっかり。「本日休業」の看板。バスがすいているはずだ。これでは、歩くスキーをやる以外にここを訪れる人はいないだろう。気を取り直して、コースへ出る。ここはほとんど平坦で、初心者向きだが、景色は悪くない。その上、生えている木にところどころ樹種を当てるクイズが掛かっている。答えは少し先の木に書かれているのだが、これがコース標識にもなっていて、「枝が下を向いているからトドマツかな、いやエゾマツだっけ」などと考えながら歩いていると、退屈しないし、コースから外れる心配もない。しばらく歩くと、案内板に突き当たり、ここがコースの分岐点になっているようだ。ここまで来ると、かなり人が見える。皆、歩くスキーの愛好者のようだ。スピードを出して走っている人もいれば、ゆっくり歩いている人もいる。われわれも再び歩き始める。何人かとすれ違い、また何人かに追い抜かれる。そうするうちに、1人の中年の女性と前後して歩くようになり、小休止で「こんにちは」と挨拶すると、その人は「今日初めてやってみたんですが、なかなか難しいですね」と言う。「えっ、初めてなんですか」と、思わず聞き返す。それにしては結構上手い。子供に誘われてスキー場へ行っても、恐いので、歩くスキーをやろうと思ったそうだ。「これなら恐くないし、思ったより楽しいですね」に、妻も同感。それにしても、うらやましい。用具は無料で貸してくれるようだし、フィールドもいたるところにある。さすがは北海道。
 コースを一周して、今日はここまで。二条市場で買い物をして、その後旨いものでも食べようというもくろみだ。帰りに、「昨日もここに来れば良かったね」と妻が言った。

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