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然別の冬を楽しむ

 新得駅前から乗ったバスはガラガラだった。中年の女性グループ3人、カップル1組、高校生くらいの女の子とおばあさん、そして私だけ。この季節、スキー場もない然別へ行くのはこんなものか。女の子は新得郊外の住宅団地で降り、おばあさんは途中の雪原としか思えないところで降りて歩き出した。このあたりは牧場が点在しているので、その一つにでも行くのだろう。鹿追の街で男の人が乗り、運転手に軽く冗談を言って、私と通路を挟んだ隣の席に座った。北海道では「ラクヨウ」と呼ばれるカラマツの並木で区切られた農場を後にして、バスは十勝平野から大雪山系に入っていった。
 然別は、然別湖に面した2軒のホテルがあるだけの、ひっそりとした温泉だ。糠平方面への道は冬季は閉鎖されている。1軒のホテルの前で、私と途中から乗った男の人を除いて、全員が下車した。カップルが最後に降りたのだが、彼らとは列車も同じで、車内でのふるまいにちょっと嫌なところがあったので、呪いをかけたら、男の方がバスを降りた瞬間、凍った地面に足を取られて転んでしまった。我ながら、あぁ恐ろし!
 当然ながら終点のホテルの客は私だけ。ベルボーイが跳んできて荷物を持ってくれる。ホテルといっても温泉宿だから部屋は和室。湖に面した良い位置にある。早速タオルを持って然別名物の湖上露天風呂へ、氷った湖上を歩いて行く。6時まではフリータイムということで混浴。期待していたわけではないが、イグルーの脱衣場を迂回して覗くと、若い女性が・・・。屈託もなく「どうぞ」と言ってくれたが、よく見ると水着を着ている。こっちだけパンツを脱いで入るわけにもいかず、断念。ホテル内の露天風呂へ。まだ明るいというのに、外の寒いこと。お湯が熱いので、浸かったり出たりを繰り返す。
 その後、すっかり暗くなった湖面を見ながら部屋で夕食。オショロコマ(イワナの一種)の刺身やエゾシカの肉がうまい。
 夜、再び湖上露天風呂に挑戦。6時から8時までが女性、8時以後が男性ということになっているので、8時を過ぎてから行ったのに、近づくと女性の声がして、「すぐ出ますから、もう少し待ってください」と言われた。おまけに「離れていてください」だって。震えながら待つこと数分、若い女性が3人、「すいませ~ん」と言いながらホテルの方へ走って行った。よっぽど“呪い”をかけてやろうかと思ったが、“情けは人の為ならず”やめておいた。明日はきっと良いことがあるぞ。
 広い湖面を占有してお湯に浸かると、驚くほどたくさんの星が見える。オリオン座や北斗七星も多くの星に埋もれている。寄り添うように星が集まっている“昴”も確認できる。真上に、動いている星が見える。人工衛星に違いない。風が吹くと地吹雪になって、その星々が一瞬隠れ、また輝きだす。
 部屋に戻る前にバーに寄ってみると、バーテンダーが1人、暇そうにグラスを磨いていた。前に座ると、「あっ、お客さん、バスで一緒でしたね」と言う。よく見ると、鹿追から乗った人だった。途端に話がはずみ、ビールが進む。富山出身とのことで、北陸どうし、彼のおごりでもう1杯。図らずも楽しく夜が更けていった。
 朝、目覚めると、快晴。昨夕の風もすっかりおさまっている。朝食も食べずに湖面へ。熱気球に乗るためだ。係員が出てきて準備を始める。若い女性のグループがかしましく繰り出してきた。先着順ということで、私がイの一番に乗せてもらった。「音もなく」と言いたいところだが、バーナーの激しい音とともに上昇する。ロープで係留したままだが、雰囲気は十分に味わえる。「昨日までは天候が悪く、上がるのは2週間ぶりですよ」と係員。やはり昨夜の“情けは・・・”だろうか、ツイている。でも寒い。「今朝、温度計を見たら零下20度でしたよ」と言うのもうなずける。顔がこわばってくる。
 熱気球を下りてから、次はスノーモービルを貸してもらい、周囲を回る。ここには“ネイチャーセンター”というのがあって、冬季もいろいろなイベントを企画している。湖上露天風呂も、熱気球も、スノーモービルもそうだ。
 バイキングの朝食を食べた後、一応チェックアウトをして、今度は湖上を歩くスキー。ガイド付きでスキーも貸してくれる。それが何とフィッシャーの“カントリークラウン”。私も愛用しているが、決して安物のモデルではない。参加者は私だけだったが、それでも快くガイドをしてくれた。
 氷った湖上を歩くのはサロマ湖と檜原湖に続いて3度目だが、それぞれに趣が違う。広大な中を、オオワシの出現を期待しつつ、流氷をめざしてひたすら歩いたサロマ湖、ワカサギ釣りを横目に、磐梯山を眺めながらの檜原湖。そして、ここは山に囲まれた小さな湖。ものの1時間も歩いて岬を回れば、人の姿どころか人の手が加わったものは全く見えない世界だ。快晴のもと、大自然を満喫して人間界へ戻る。
 途中、イグルー造りの見学をさせてもらうことができた。プラスチックのコンテナに雪と水を混ぜて入れて固めたブロックをいくつも作っていく。本当は私もそれを手伝い、できたイグルーで1泊したかったのだが、少人数ではとても1日で出来上がるものではなく、それは断念せざるを得なかった。しかし、見学できただけでも幸運だったと思う。
 着替えるついでに露天風呂に入り、汗を流してからレストランで昼食。ちょっと奢ってコース料理を注文したために、なかなか旨かったのだが、新得行きのバスに乗り遅れてしまった。困ってホテルのフロントに相談したら、新得の駅まで送ってくれるという。着いた時に荷物を持ってくれたベルボーイが車を回して、片道40分くらいの道を気良く送ってくれた。おかげで、無事列車にも飛行機にも間に合って、予定通り帰ることができた。 (1997.3/5~6)


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