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武田泰淳『ひかりごけ』と「盲目性」について

 武田泰淳の『ひかりごけ』は1954年に発表され、実際に起こった「ひかりごけ事件」と呼ばれる食人事件を題材にした短編小説として知られているのだが、実際は武田が北海道の羅臼らうすを訪れた時の紀行文で始まり、事件自体は戯曲形式で描かれている。
 しかし違和感はそれだけではないのは以下の引用から想像できる。

 あの海のむこうが「外国」だ、ここは「国境」だ、と何度自分に言いきかせても、東京の新聞雑誌がやかましく書き立て、読者の神経をとがらせる、あの妙にイライラした気分は消えて行くばかりです。

『ひかりごけ』p.165

 食人事件以前に、武田は日本人が本当にアイヌに関心があるのかどうか皮肉っている感じがするのだが、ロシア領に流れてしまった漁船に関して、

「ロシア領と言ったって、人の姿も何も見えませんしね。向うの海岸には、イカやなんかが打ちあげられて、積みかさなってるそうですが」

『ひかりごけ』p.174

 という状況は現在ではあり得ない。

 アイヌ族のうちのる部族は、かつて古い昔、人肉を食べたこともあったという話が、もちろん論文の主要テーマとしてではなく、やや不器用に、枝わかれした話として、その研究者によって語られた。

『ひかりごけ』p.177

 食人が一部のアイヌ民族の伝統文化だという意見は即座に否定されるものの、研究者たちによる『羅臼村郷土史』などが編纂されるとしても、アイヌが誤解を受けるという都合の悪さで削除される可能性も勘案すると、食人が民族の伝統文化なのか、あるいは船長の個人的な特異な嗜好なのかは最後まで明確にならない。
 それに加えるように武田は野上弥生子女史の「海神丸」や大岡昇平の「野火」を挙げて食人の「可能性」を探っていくのであるが、「野火」に関しては、

この一兵士は、無意味に土人の女を射ち殺したりしている男ですが、「僕は殺したが、食べなかった」と、かなり倫理的に反省しています。

『ひかりごけ』p.186

 と、殺人を犯したという事実は認めても食人だけは絶対に認めない人間の心情を描写していく。

 ここで食人の問題と「国境」の問題が重なるように思う。殺人を犯したという事実は認めても食人だけは絶対に認めない(あるいは認めたくない)ように、北方四島は日本の領土だということは認めても、北方四島におけるアイヌ民族の立場は絶対に認めない(あるいは認めたくない)のであり、ここには倫理を越えた無意識にも似たアポリアが宿っている。

 そうなると最後の「光の輪」の意味は明確で、だから小説形式で起こるかもしれないカタルシスを避けるような描写で武田は理解していながら人々がガン無視しているその「盲目性」を糾弾しているのではないのだろうか?