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詩のスケッチ1) Crisis

あなたは早朝に辿り着いた。
南欧の
ぬくい空気を纏う街の
とある安宿に。

あなたは目にした。
木製の玄関をくぐってすぐ
アーチの向こうに見える中庭で
なにかせっせと筆を動かしている彼を。

 やあ。
 ── やあ。

 なにをしているの?
 ── 絵を描いているんだよ。

 見せて!
 ── いいよ、ほら。

あなたは絵を思い出せない。
好きだと思ったことだけを
覚えている。

 ── レコードを聴かないかい?

宿に置かれたレコードに
あなたは共に耳を澄ませた。
ニーナ・シモンを聴いた。
フランク・シナトラを聴いた。

 ── もうじき日没だね
 そうだね
 ── 街を見下ろせる高台に行かないかい?
 いいね

彼とあなたは意気揚々と歩んだ。
目に映るのは
青のチェックシャツに、
やや長髪で金色の巻毛。
可愛らしい革靴に、革のカバン。

頂上に着いた。

 ── 綺麗だね
 そうだね。
 ── 写真を撮ったよ!
 どんなの?
 ── ほらこれ!君も写っているよ
 お、いいね
 ── この景色に合っているね

彼とあなたは高台をくだる。
高台をくだる。
向こうみずな高台をくだる。
だから聞いた。聞いてみた。

 どうしてここに?
 ── 旅をしているんだよ
 どうして旅を?
 ── 辛いことがあったんだよ
 辛いことって?
 ── ・・・クライシスさ。

街に影差す
金色に影差す
オレンジに影差す
体温に影差す

高台傾きひっくり返る
足場という足場
言葉という言葉
言葉という言葉という言葉
はるか影差す暗がりへ転げ落ちる

あなたは彼と出会った。
クライシスとも
初めて出会った。

 発つよ
 ── うん
 じゃあ、また。
 ── うん、また。

あなたは宿を発った。
彼は中庭で、絵を描いていた。

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初めて出会った、ヒリつくような「危機」の感覚。その感触と輪郭。

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