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プエルトアズール

1980年代、瀬戸の花嫁という歌が流行っていた。W.グループが販売計画を立てていた、船外機付きゴムボートのプロモーションビデオを撮る旅行に参加したことがある。行き先はフィリピン。初めての海外旅行であった。みんな英語ができないというので怪しげな英語を操る私の同行を求めた様子であった。経費はすべて会社持ちだというのでパスポート費用だけで参加できた。カメラマン、モデル、機械整備士、営業スタッフを入れて総勢12名だったと思う。入国審査でフィリピンに持ち込もうとしたエンジンとゴムボートに「税金をかけるという。」、「ビデオを撮るだけで、持ち帰るから」と言っても譲らない。「税率は200% なので価格はいくらだ」という、販売は30万円を設定していたのだが「仕入れで16万円」というと係官は「32万円払え」という。係官を見つめながら100$をソーッと手のひらで隠して手渡したら、フリーで通れた。入国をしてすぐ別の係官が腰から拳銃を外して「これを買え」という。そんな厄介なものを買ったら大変なことになるので断った。

そのままバスで2時間ほど未舗装の田舎道を走った。途中コンビニも何もなく道端で水とかコーラを売っている子供達がいた。水は怖くて飲めなかったので、コーラを買って飲んだ。暖かくてとても気持ちの悪いものだった。以来温かいいコーラは飲めなくなった。運転手兼ガイドに「ここの人達は何の仕事をしているの」と聞いたら、「仕事はないですよ。木の実はなるし川には魚がいるし、食べ物には不自由しないし家はヤシの間に板を打ち付けただけなので簡単にできるから、生活は楽です。」とのこと。働かなくて楽に暮らせる。夢の国だな。

ホテルに入ると豪華で、スタッフも教育されている。マルコス元大統領夫人イメルダ氏の所有だそうだ。コテージが充実していて広く散在している。カートが待機していて何処へでも送迎してくれる。部屋でくつろいでいると男性ルームサービスが至れり尽くせりのサービスをしてくれる。テレビで扇風機のコマーシャルが流れている。クーラーでなく。彼に「君のうちには扇風機ある?」と聞いて見た。「ないです。」「たくさん働くと買えるよ。」「テレビとか自動車とかも。」「高いから買えないです。そんなもの買ってどうするんですか。」「楽ができるよ。」「働かなくても楽しています。」日本の落語はここでネタを仕入れたに違いない。敬虔なクリスチャンの彼曰く「お金持ちは神様に可愛がられた人だから働かなくても良い生活ができる。我々は神様に好かれていないから働かなければいけない。」本当にこのセリフを聞いたときに「キ*スト教のカラクリが見えた。」と思った。

海岸に船外機付きのゴムボートを浮かべて、いろいろなシーンを撮影した。そこへ子分を15.6人連れた地廻りがやってきた。遠巻きに眺めている。厄介なことにならなければ良いがと見ていた。ボスが女性でその子供と思われる男の子が興味深そうに側に寄ってきた。子供をボートに乗せて皆んなで遊んであげた。そろそろ引き上げどきになって、子供がまだそのボートに興味がありそうだったので、「欲しい?」と聞いて見た。結構重量があるので持って帰りたくなかったから。子供が「うん欲しい」というのでママボスに「子供が欲しがってるよ」と言って見た。「売ってくれるの?」「これから発売する新製品だから高いよ。$1200する」「今日は銀行が休みだからペソではどうか」というので担当者に聞くと「持って帰りたくないので売れるならいくらでも良い。」とのこと当時1ペソが30円、$1が240円だったので、交渉の末8000ペソで手を打った。品物を子供に渡し、我々はホテルに引き上げた。電話番号を聞いただけなのに直ぐホテルにキャッシュが届いた。このお金で我々の滞在費がほとんどチャラになったみたいでえらく感謝された。

フィリピンを離れる日、空港では我々が持ち込んだ船外機付きゴムボートのことを気にする人は誰もいなかった。ただ、入国の際拳銃を買った人がいたらしくて身柄を拘束されていた。飛行機に乗り込んで離陸を待っている間、隣の席のW係長がまだ来ない。トイレだと思っていたがやけに遅い。飛行機のドアが閉まりそうなので係員に「隣の人がいない。」といったら、大騒ぎになって捜索が始まった。なかなか見つからないようで、この飛行機の次に出発する待機中の北朝鮮の飛行機内を調べたら、ちゃんと指定席番号のシートに座っていたそうだ。飛行機は間違えたけど座席は間違わなかった。あのままドアが閉まっていたら、彼は今きっと、北朝鮮拉致被害者のメンバーの中にいる。

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