見出し画像

弁護士大激変!2万5041人の意外な実態

週刊ダイヤモンド01

1950年に6000人足らずだった弁護士人口は2008年2万5000人を突破し、少子高齢化にもかかわらず2029年には約7万5000人に増える見通しである。弁護士の劇的な増加、活動領域の広がり、そして意外な格差拡大。知っているようで知らない弁護士の内情を徹底調査し、激変する法曹ビジネスの実態を浮き彫りにした。

過払い金返還請求の宴

消費者金融などのいわゆるグレーゾーン金利分を返還させる「過払い金返還請求」。いまや一大ビジネスに成長した過払い問題を通じて、これからの弁護士のあり方を問う。

「これ以上お貸しすることはできませんので、債務整理をなさったらいかがでしょうか」

今年2月、神奈川県に住む伊東房江さん(仮名、27歳)は、「消費者金融やカードローンの債務を一本化しませんか」という広告に引かれて金融業者に電話し、借り換えの相談をした。

ところがこの金融業者は、カネを貸すことを渋っただけでなく、あべこべに伊東さんに債務整理を熱心に勧め、「信頼できる弁護士さんをご紹介します」とまで言ってきた。

とりあえず、紹介された弁護士事務所に電話をしたところ、電話口に出た弁護士は、要件も切り出さないうちから「(紹介した金融業者は)ウチとはいっさい関係ありませんから」と念を押すように繰り返した。

「なにかがおかしい」と不安なった伊東さんは、弁護士会の債務相談窓口へ足を運ぶ。「その金融業者は"紹介屋"かもしれませんね」と聞かされた。

金融業者が多重債務者を弁護士に紹介し、弁護士は債務整理で得られた報酬の一部を金融業者にキックバックする。弱者の味方であると信じていた弁護士が、多重債務者を食い物にする金融業者と結託しているというのだ。伊東さんは言葉を失った。

200億円を取り戻すスゴ腕弁護士も現れる

2006年1月。最高裁判所は事実上、「グレーゾーン金利」を認めないとする判決を出した。出資法による上限金利は29.2%(当時)。これを超えれば完全に違法だが、利息制限法の上限金利(15~20%)を超えたぶんについてはグレーゾーンとして曖昧にされてきた。

ところが、最高裁判判決がでたことで、グレーゾーン金利分を取り戻す過払い金返済請求が消費者金融会社、クレジットカード会社などに殺到した。

過払い金返済請求に関しては、通常は債務者が弁護や司法書士を通じて消費者金融会社などに過去の取引履歴を照会。

グレーゾーン金利分を計算して、過払い分を請求する。

かつては消費者金融側がすんなり履歴紹介や返還に応じないケースも多かったが、最高裁判所が出たことで、今では裁判をせずとも、和解で合ったり交渉が成立する場合が多い。

弁護士や司法書士にとって、これほど簡単で儲かるビジネスはない。面倒な手続きや交渉はほとんど必要ないうえに、ほぼ確実におカネが戻ってくるのだから、成功報酬を取りっぱぐれる心配もない。

グラフを見れば分かるように、消費者金融大手4社(アコム、武富士、プロミス、アイフル)の過払い金返還額は約3500置く円に達している。弁護士の報酬金返還額のおよそ3割。とすれば、この4社だけで1000億円強のカネが弁護士、司法書士に転がり込んだ計算になる。

週刊ダイヤモンド02

宴が始まった。多くの弁護士が目の色を変えて過払いブームに群がった。

かつては「テレビをつければ消費者金融のCMばかり流れる」という批判が巻き起こったが、皮肉なことに今では弁護士や司法書士がアイドルやキャラクターを使ったCMで派手なアピール合戦を繰り広げている。億単位の宣伝広告費を投じる弁護士、司法書士事務所も珍しくない。

弁護士業界では、「あのセンセイは"過払い御殿"を建てた、このセンセイはベンツを買った」というたぐいのうわさ話が乱れ飛んだ。

表は、某大手消費者金融会社に対する過払い金返還請求でらつ腕を振るった弁護士、司法書士の一覧である。この金額は大手1社だけのもので、たとえば表中で断トツの法律事務所ホームロイヤーズ所長、西田研志弁護士は「前期だけで計200億円の過払い金を取り戻した」と豪語する。

貸金業法改正でグレーゾーン金利が廃止されたため、過払い金返還は期待付ビジネス。「すでにピークは過ぎた」との認識が弁護士業界では一般的だが、最後の需要掘り起こした躍起だ。

「広告解禁」で始まった悪徳弁護士の跳梁跋扈

過払い金返還請求の手続き自体は簡単だ。効率よくさばいて儲けようと思えば、事務作業や交渉のほとんどをパラリーガル(弁護士業務のアシスタント)にやらせたほうがいい。なかには、整理屋に事務作業をやらせて、月100万~200万円の名義貸付料を受け取っている弁護士もいる。

もちろん、違法行為である。

昨年12月には、死亡したある弁護士をめぐって、依頼者約60人が原告となる訴訟が東京裁判所で起こされた。

弁護士が死亡した後、なんと一緒に仕事をしていた整理屋が、顧客からの預かり金などを持ち逃げしたのだ。さらに、この弁護士は過払い金の返還を受けていたにもかかわらず、依頼者に「債務帳消しで終わった」とだけ報告していたことも判明。376万円もの過払い金を全額ピンハネされた依頼者もいた。

現在、弁護士の自宅を処分するなどの和解案が検討されているが、被害総額のほとんどは戻ってきそうにもない。

こうした悪徳弁護士が増えた最大の原因は、2000年に弁護士による広告出稿が解禁されたことだろう。

「宇都宮健児先生へ どうもこんにちわ。ぼくはあなたの大嫌いな「整理屋」の一味です。これまでのお礼を言おうと思って手紙を出しました」ー。

広告解禁が決まった直後、多重債務者救済で知られる宇都宮健児弁護士の元に、整理屋を名乗る男から1枚のファックスが送られてきた。

「『債務整理しないあなたはバカ』なんてやれば、月なん百万人も依頼者が集まりますよ!ばりばり稼ぎます。これで毎日銀座に飲みにいけます。」

ぞっとするような内容だが、ようは紹介屋を使わずとも、合法的に多重債務者を集めることができるようになるという意味である。顧客と接触する紹介屋を省くことができれば、足がつきにくい。

冒頭で紹介したように、その後も紹介屋の暗躍はなくなりはしないのだが、広告は弁護士の強力な集客ツールとなった。

広告解禁だけではない。弁護士の報酬規程改定も状況を悪化させた。かつて、弁護士会では報酬規程が存在し、規定以上の報酬を取れば、懲戒処分の対象となった。しかし、独占禁止法違反なのではないかとの圧力を受け、04年に報酬規程は廃止された。

これにより、報酬の自由化が進み、価格が下がると期待されたが、債務整理の現場では、これを逆手に取った行為が横行している。依頼者を上手く丸め込んで、法外な報酬を取る弁護士がいるのだ。たいていの依頼者は法律知識などを持っておらず、金額と専門用語が並んだ書類を見せられて意味は分からない。

裁判所の管轄問題もある。現状では過払い金返還請求の依頼者の居住地を管轄する裁判所に申し立てる必要が無い。そのため、東京の弁護士事務所がテレビCMなどで北海道や沖縄の多重債務者を集めて東京の裁判所で申し立てることができる。裁判所でもこの点は問題視しており、来年に居住地以外での申し立ては受け付けないよう管轄を厳しく定める方針を内部で検討中だ。

弁護士の本質を問う価値観の対立が激化

日本弁護士連合会は今年7月、過払い金返還をめぐるクレームが多数寄せられていることを受けて、「債務整理事件処理に関する指針」と題した文集を発表した。

内容を見ると「依頼者と直接面談すること」「過払いあさりはダメ」といった指導が並んでいる。今後は職務規定(違反すれば懲戒となる)への明文化も含めて検討していくことになるという。

こんな当たり前に思える指導の規定化を検討せざるをえないほど、モラルの低い弁護士がたくさんいるということだ。

東京都在住の大谷智恵子さん(仮名、27歳)も3年間、「借金解決」をうたうチラシを見て、紹介屋から某弁護士事務所に行きついた一人である。

複数のローン会社のうち、過払い金が発生したのは2社。残りは任意整理で月々6万円を弁護士事務所に支払っていた。だが、大谷さんの旧りゅは手取り15万円。そこから家賃や生活費を支払ったうえに、6万円も返済をするという計画には、そもそも無理がある。

週刊ダイヤモンド03

弁護士からは何の連絡もない。不安になった大谷さんが電話をしてみると「しつこい」「こんなに細かく聞く人なんていない」と怒鳴られた。返済が滞ると「辞任する」と電話がかかってくる。

これではまるで、借金の取り立て先がローン会社から弁護士事務所に変わっただけではないか。そればかりか、別の弁護士に依頼しなおして明らかになったのは、任意整理の返済先との和解交渉を2年以上も放ったらかしにしていたという事実だ。

過払い金返還請求の宴は、悪徳弁護士の跳梁跋扈のみならず、弁護士業界内にある価値観の対立をも浮き彫りにした。

「弁護士は社会正義実現のために働くべきであっても受けることを考えるべきではない」という伝統的な価値観に対して、「弁護士も商売なのだから儲けることは決して悪い事ではない」という価値観が台頭している。

そして、この価値観対立は弁護士業界のなかではますます激しくなるだろう。司法制度改革で法科大学院が設置され、社会人経験者や法学部以外の学部出身者が続々と法曹を目指し、現在のペースが続けば弁護士の数は29年には7万5000人に達する(現在は2万5000人)。

大企業のM&A、海外進出、資金調達ニーズに伴って、10年前には考えられなかった数百人規模の大手法律事務所が次々に誕生。初任給1000万~1500万円というエリート新人弁護士が肩で風を切る一方で、就職さえ見つからぬ年収200万円台の弁護士も少なくない。

これでは、従来の年間500人前後という超難関の司法試験をくぐりぬ抜け、弁護士のだれもが食うに困らなかった時代の価値観は共有できない。

話を過払い問題に戻そう。最高裁判決(それが妥当なものかどうかという議論は措く)によって、過払い金返還請求は現実問題として弁護士業界取ってビッグビジネスとなった。これを「ビジネスチャンス」として前向きに評価するのか、社会正義を実現する弁護士の理念を堕落させる違法行為、悪質行為の温床として切り捨てるのか。あるいは、両社の価値観をアウフヘーベン(止場)する新たな価値観が生まれてくるのか。

司法制度改革によって弁護士数が急増する大激変。その渦中に降ってわいたような過払い金返還請求の宴で問われているのは、その1点である。

週刊ダイヤモンド04

引用:週刊ダイヤモンド 弁護士大激変!2万5041人の意外な実態

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?