『I』’s Blue
久々の休暇。地球での仕事のついでにメンバーそれぞれが私用であちこちに散らばった。
キッドはロンドンでジョニーのコンサートに。ボウイーはアメリカの東海岸。細かな行き先は告げなかったが、インディか何かのレースがでもあるのだろうか……もしかしたらシスター・メリーのお見舞いかもしれない。お町はミラノあたりで買い物でもしているのだろう。シンとメイはJ9基地で皆の帰りとお土産を首を長くして待っている。
私は…ながれる景色を眺めながら、何を考えるともなしに物思いにふけっていた。もう、どのくらい列車に揺られているのだろうか?
休暇といっても、他のメンバーのように遊んでいたわけではない。ボルガコネクション絡みの今回の仕事で故郷にほど近いところまで来てはいたが、今更その地に立ち寄る用事もなく、事後処理に加えて次の仕事の段取りに追われていた。情報を整理するために、日に何度かJ9基地やポンチョとも連絡を取り合わなければならない。
そんな中、休暇最終日になって意外な人物とのプライベートな約束が舞い込んだ。朝一番の定期便で日本に向かうまでは、予定通りだった。が、その機内で受けた突然のコールがその後のスケジュールを大きく変えた。予定外の約束。予定外の相手。予定外の展開。でも、いつもどこかで期待していた「予定外」……なのかもしれなかった。
惑星間の交通が発達した現在、地上の交通は言うに及ばず便がいい。ヨーロッパと日本の間も、一眠りする間もなく着いてしまう。そのくせ、空港からは未だにレトロな交通手段で何十分も移動しなければならなかった。ブライサンダーがあればたいした距離ではないのだが、仕方ない。
ぼんやりと今日待ち合わせた「ヤツ」の顔を思い出し、小さな溜め息を一つ。
そろそろ駅に着く。耳慣れないアナウンスにふと我に帰り、思い出したように席を立った。
——YOKOHAMA。馴染みのないこの街の空気に、一瞬戸惑う。
今朝まで北ヨーロッパで過ごしていた私にとっては、人々の流れるスピードですら何か違和感のようなものを感じる。
列車を降りて待ち合わせに指定された「店」に向かった。
「……………」
ホームから階段を降りて奴から送られてきた地図の通りに進んだものの、指定された「店」は何処にも見当たらない。
「まったく……いきなりこれだ」
苦笑しながら、過去に店があったらしい場所の前に立ち尽くす。時間は約束の10分前。この辺りにいれば、ヤツが見つけてくれるだろう。
白いゆったりとしたシルクニットのセーターに、黒い細身のパンツ、同じく黒のショートブーツ。見つけてもらうには、地味すぎたか? しかも、北ヨーロッパでは涼しく感じた薄手のニットも、ヨコハマでは暑いくらいだった。服の選択に後悔し始めたその時、久しぶりに聞く声が私を呼んだ。
「お〜い! アイザック〜!!」
声の方へ視線を投げると、明るい黄色のハイネックにルーズなブラックジーンズ姿のソバカスBOYがニコニコと近づいてくる。
「ボウイー」
返事をして、自分がとてつもなく嬉しそうな顔をしていることに気づく。
(参ったな…)
心の中で、ちょっと苦笑い。
「ごめんごめん、やっぱり店、無くなってた〜(^▽^; もう随分この場所には来てなかったんで、アヤシイかなーって思ってたのョ。地図の階段の位置も間違ってたし〜(>_<)」
申し訳なさそうにまくし立てる姿が、なぜだかホッとさせる。
「いや、たいして待たなかったし、店は無かったが場所はあっていたようだから問題はない」
以前、一体誰とここで待ち合わせたのか。地球でのバカンスは今回が初めてではない。J9へ来る前のボウイーがヨコハマにゆかりがあるとは思えないし…そういえば、キッドはヨコハマに詳しかったな……。そこまで考えて、思考をストップさせた。いや、その先を考えるのを、頭が拒絶したのか? まぁ、いい。今日、ヤツと待ち合わせをしたのは、私なのだから。
休暇は5日間。ヨコハマで次の仕事の情報収集をしているポンチョと合流するため、メンバーとの待ち合わせをこの地に選んだ。中華街のあるこの街は、香港あたりのコネクションにとってはいい活動の拠点になっているらしい。それでなくても二十二世紀の日本はますます猥雑で、オモテの華やかさとは想像もつかないくらいに爛れていた。この街の表向きの穏やかさは、いったいいつまでもつのだろう。
待ち合わせた場所からさらに2駅ほど先へ移動する。駅を出て、ガード下のアート群を見たいというボウイーに付き合い人通りの少ない歩道をしばらく歩いた。半分ほど行って満足したのか、今度は21世紀の遺構を案内する、と言い出した。薄暗いガード下を抜けると、秋だというのにやたらと眩しい太陽が一瞬視界を奪う。胸のポケットから取り出したサングラスをかけて、視界を取り戻す。
「まぶしーっ!! あ、俺ちゃんてば、サングラス忘れちゃった」
ライトブラウンの瞳をくるくるとさせながら、ボウイーが笑った。……オマエの笑顔の方がよっぽども眩しい。海からのひんやりとした風になびく髪は、陽に透けてブラウンというよりブロンドに見える。意外と薄い色の髪だったのか、と初めて気が付いた。アステロイドの人口太陽の下では、ちょっと見られない色だな。
皆との約束まで、まだ半日ある。早めに現地へ行こうという私に、折角だから、と観光案内を買って出たのはボウイーの方だった。どうやら、用事がことのほか早くに済んで退屈していたらしい。ブライサンダーはキッドが使っているし、そのキッドは今日までロニーと一緒だ。お町はキッドと合流する寸法だろう。そこで私の気まぐれに期待してのコール…というところだろうか。
……そう、最初はほんの気まぐれだった。なのに、私と来たらガラにもなく気分がはずんでいる気がするのだ。思いも寄らない申し出に戸惑っていた気持ちが、いつの間にか舞い上がってさえいる。折しも連休の最終日で町中の至る所でイベントが開かれ、浮かれた空気が私の冷静さをかき回していく。日差しの眩しさのせいか、慣れない潮風にあてられたか、それとも見たこともないオマエの笑顔を目の当たりにしたせいか…軽い目眩を感じながら赤レンガでできた倉庫をひとまわり。いつもは静かな佇まいであろう「21世紀の遺構」は、盛大なバザールで人が収まりきらないほどに賑わっていた。
「ねーねー、アイザック、このジャケット似合いそーじゃん? あ、あっちにもなんかある♡」
一つ一つの店を宝探しでもするように無邪気に見て回るボウイーは、すっかりタダの18歳に戻っている。何やら買い込んだものをホクホクとリュックにしまい込み、ご機嫌の様子。
目的を達成すると、今度は海沿いの道へ。途中、廃線になって一部分だけ残った線路やら、延々と続く銀杏並木やら、おそらくは以前誰かと歩いたのであろう道筋に散らばるポイントを、何かを思い出しているかのように説明してゆく。
「そういえば、赤レンガの前で焚き火してサ、夜通し踊りまくったこともあったっけ。アレはニューイヤー・イヴだったかな? 確かこの道通ってさ、港の方にある公園でジョヤの汽笛を聴いたんだよなー」
…大晦日? 確かにひと仕事終えて大晦日に地球にいたことはあったが? なるほど。あの時か。では一晩中オマエの相手を務めたのは……
「前はキッドと来たのか?」
「もっちろん♡」
さりげなく訊いたつもりが、とんだ誤算。満面の笑みで答えられては、ヤキモチを焼く気も起きない。それでも心の何処かでささやかな嫉妬を感じつつ、それを打ち消そうと思い切り潮風を吸い込んだ。
「ね、腹減んない?」
「そういえば、少し…」
「あそこ! なんか食いモン売ってるぜ?」
「ああ」
見れば、広場に並ぶ屋台とおぼしき店で軽食を売っている。
「たまにはさぁ、ああいうとこでメシを調達してさ、お日様の下でランチってのもいいだろ?」
「……そうだな」
多少躊躇はしたものの、こんなところで気取ってもつまらないだけだ。特別に、お行儀の悪い姿でも見せてやろうか。
私があっさりと承諾したので多少拍子抜けしたようなボウイーは、照れたような顔でホットドックとコーラをふたつ、おまけにポテトをひとつ注文した。
木陰のベンチに腰を下ろして海を眺めながらホットドックをパクつく。ちょっとしたピクニック気分だ。太陽の光と海の香りがほどよいスパイスになっている。穏やかな波は優しく陽の光を反射するばかりで、不思議なくらい穏やかだった。
(波間にただよう陽光は、なんだかボウイーに似ているな…)
陽射しを受けてキラキラと無邪気にただよう光。暖かさえ感じる。見つめていると張り詰めた心がふっと緩むような安心感。そんな和やかな中に潜む強烈な閃光。そのどちらが欲しいのか、……どちらとも欲しいのか…どんどん魅入ってしまう自分に戸惑っているのは事実、だ。
持て余した気持ちをどう自分の中に位置付けて良いものか、解決の糸口すら探す気にならない。答えを求めるかのようにボウイーに視線を向けると、当の本人はホットドックをくわえたまま屋台の方に向き直り、なにやら固まっている様子。一体どうしたのかと怪訝に思った瞬間、店内の小型スピーカーから何処かのレースの中継が流れていることに気づいた。よく耳にするレーサーやチームの名が叫ばれていることから、かなり規模の大きなレースであることが伺えた。当然のようにボウイーが反応する。
「!!今日! しまったっっ 決勝だっけ!?」
途端に屋台の方へ駆け戻り、店の前に座り込んでしまった。まったく、こんなところに来てまでレースのことが気になっているらしい。J9にいなければ、今、このレースの先頭を走っていたのはオマエだったかもしれない…そう思うと、ボウイーをアステロイドに呼んだことが果たして彼にとって良かったのかどうか……未だに迷うことがある。ヤツが自分の意思でJ9にいることを選んだとしても、だ。
そんな私の想いに気付きもせず、レース中継に一区切りついたのか、ボウイーが戻って来た。
「わりぃ、わりぃ、ちょいと経過が気になってさ。あとはハイライトニュースでも見るからイイや」
私のことを気にかけてくれたのだろうか。それとも腹が満たされて次なる観光案内に出掛けたいのか。どちらでも、いい。私にとってはオマエの一挙一動を見ていられるだけで満足なのだから。
海沿いの広場を通り抜け、丘へ上がる。そのまま丘の上にある小さな公園へ。港が一望できるその公園は、ふもととは違い何か静穏な空気に包まれていた。港を指し、あっちがTOKYO、あれがJapanese bay bridge、と説明する横顔を、港から吹き上げてくる風が撫でては通り過ぎていく。午後になって傾き始めた太陽に、ブロンドに見えた髪はオレンジがかったレンガ色になっていた。
落ち着いた空気に所在なげなボウイーは早々に公園を退散し、公演の向かいにある教会の方へ歩き出した。いくつもの十字架が立ち並ぶその場所は、教会に隣接された墓地であろうが、すっかり観光名所と成り果てている。が、神に祈る言葉など持たぬ我々にはどうにも居心地のよい筈もなく…そのまま道づたいの石段をゆっくりと降りて行った。
「ちょっと休む? 結構歩いたし、俺ちゃんノド乾いた(^^; 」
石段を降りた先に小洒落た店が並んでいる。その中の一軒、静かなカフェでティータイム。テラスの席を選んで午後の陽だまりと紅茶を1杯味わった。
日中の眩しさが和らいで、真っ白な陽射しは柔らかな鬱金色に変わっている。サングラスを外してポケットへ収めると、ボウイーが不思議なものを見つけたような顔で、私を見つめていた。
「どうか…したのか?」
あまりの真っ直ぐな眼差しに何処に視線をおいたものか戸惑いつつ訊ねる。
「アイザックの瞳って……ブルーだった?」
唐突な質問に戸惑いが深まる。
「…ああ。あまり明るい色ではないから宇宙空間では黒く見えるかもしれんが、地球の太陽の下ではこの色だ。私にとってはどうでもよいことだがね」
「へぇ…すンげーきれーじゃん! 初めて見たぜ、そんな深いブルーの瞳。なんつーか、その、アイイロっていうの? ニッポンの伝統的な色にあるだろ? 前にキッドが言ってたんだよな、ブルーより深いブルー…だっけ???」
「よくわからんが……それは褒めているのか…?」
「うんうん♡ そっかー…太陽の下で、じゃ、夜になったら見れない色なワケだ。なんか俺ちゃんトクした気分♡」
なにがどう得なんだか。他のメンバーはもうとっくに気付いていると思うのだが。とにかく、ボウイーはこの大発見(?)にかなりご満悦らしい。
「今夜みんなと待ち合わせたら、そのままアステロイドに直行だろ? つまり、今しか見れないその瞳の色は、俺ちゃんの独り占めってワケね?」
『独り占め』。その単語がボウイーの口から出た瞬間、まるで自分の心を見透かされた時のように鼓動が速まった。独り占めの気分を感じていたのは、私の方ではなかったか? キッドのいないこの街でボウイーを独占している自分に、優越感にも似た感情を持ってはいないか?
何とはなしにヤツが言ったコトバに、慌てふためく自分が情けない。
「そろそろ店を出ないと、皆との待ち合わせに遅れるぞ?」
照れ隠しになんとなく眉間にしわを寄せて言い捨てる。
「え? もうそんな時間? 俺ちゃんまだメイとシンにお土産買ってない(・・;)」
さっさと席を立った私の後をそそくさと追いかけてくる仕草が可笑しくて、小さな笑い声が漏れた。
港の待ち合わせはターミナルの側にあるホテル。ボウイーは途中、中華街でメイとシンに渡すお土産を調達した。いつもながら、遠出の時は必ずJ9基地で待つ二人に何かしら土産を欠かさない。コイツのこういう一面に、メイもシンも懐くのだろう。
駅への道すがら、ドーム競技場に隣接した散策路を歩きながら、思い出したようにボウイーがつぶやいた。
「アイザックってさ、鋭い視線のわりにどことなく優しく感じるんだよね。今日、なぜだかわかった気がする」
「………」
独り言なのか、話しかけているのか、答えに迷っている私に強烈なフェイント攻撃。
「あんたの瞳ってさ、アステロイドよりも地球の方が魅力的だぜ? 俺ちゃんちょっとばかしクラッと来ちゃったもんね」
「…………え」
思わず立ち止まった私につられて、ボウイーも足を止める。
「あの吸い込まれそうなブルーの瞳でさ、あんなに切なそうに見つめられてちゃ落ちないヤツはいないって。なんか思い出でもあんの? この街に」
……切なそう? 私が? そんな眼でお前を見てたのか?? 今日一日中、ずっと?!
「あれれ? 図星? そんなに驚かれちゃうと、バツが悪いぜ」
「い…いや、オマエの口からそんなセリフを聞くとは、あまりに意外で………」
「そう? でもお世辞じゃないぜ? アイザックってなかなかイイ男じゃん」
潜んでいた閃光に、いきなり心を射抜かれた。急に真島な顔になったボウイーは、さっきまでの無邪気さは何処へやら、途端にオトコの顔になっている。
その顔に、弱いんだよ、ボウイー。頼むからこれ以上、私を動揺させるな。
日暮れどきの散策路は人通りもなく静まり返っていた。なんとなく沈黙したまま絡んだ視線を外すタイミングさえ失って、暮れなずむ中、わずかな時間が流れる。
不意にボウイーが、ついっと手を伸ばした。
「もう一度さ、あの瞳を見せてくんない?」
その指先が私の髪に触れたその時、だ。
「ボウイー! アイザック!」
遠く背後から呼びかける声。
途端にボウイーの視線は私を通り越し、声の方向を迷うことなく見つめ返した。一瞬私の髪をかすめたその手は少し戸惑った後、声の主へ自分の所在を知らせる合図へと変わり、高々と夕暮れの空に向かって挙げられた。
ーーーーーGAME OVER.
ゆっくりと振り返った時、ちょうど陽が落ちた。私の黒い瞳には、大通りからこちらへ向かって駆けてくるキッドの姿が映っていた。
こうして休暇の最終日は終わった。
あのとき、あの陽の沈む瞬間にほんの少し感じた切ない想いは、そっと心の奥にしまっておこう。……ダークブルーの瞳とともに。
1997.Winter 生咲 青
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あまり言い訳はしないようにしよう(^_^;
結構古い作品です。何がしたかったのか自分でも良くわかりませんw
多分お出かけして回ったルートの副産物ですww
初めて小説らしきものを書いたので文章が拙くて泣きそう。
タイトルの『I』はアイザックの「I」、一人称の「I」、「藍」、「愛」、「哀」、「逢い」などなど。「Blue」も瞳のブルーや気分のブルー、アイザックのお仕事服はブルー、、、とか、まぁ色々掛けてるつもりです(^^;
ボウイーちゃんは別に八方美人してるわけじゃなくて、きっと何も考えてないから興味がゆきすぎちゃってああいう行動に出たんだと思う。アイザックもボウイーとどうこうなりたいとか思ってないし。でもちょっと危うい感じを醸し出したかったんじゃないかな当時の私(^_^;
自分にしては結構ギリギリ頑張ったBLっぽいナニカだと思われます。これで精一杯です(>_<)
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