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森と雨 11

「私を見ていればわかると思うんだけど、なんか、どっか頭のねじがとんじゃったような人たちだったのね」
「お前見てても別に分からねえよ」
「ああ。そうか。ゲンゴはバカだから話してもむだだったんだった」
 私は嘆きを表現するために、両手で顔を覆う。
「お前な。いつも思っているんだが人のことをバカにしすぎてるぞ」
「だってみんなバカなんだもの。変なやつばっかりなんだもの。でもとにかくおかしな親だったわ。お父さんはろくに仕事もしないからどうやって生活がなりたっているのか分からかなかった。兄の葬式の時に親戚が教えてくれたわ。おじいちゃんの作った会社で楽な仕事させてもらってたって。出来の悪い末っ子、って言われてたんだって、うちの父。それでその会社がつぶれちゃって、何にも出来ない両親は、親戚の世話で今はビルの清掃会社で働いてるわ。トイレ掃除して暮らしてるわ。おこられてばっかりだけど」
「親が働いているところ見てたのかよ」
「想像すればすぐ分かる」
 それまで、おじいちゃんがお小遣いみたいにくれていた給料がなくなって、一気に我が家の経済は破たんした。両親は生活力がなく、金銭管理もろくにしていなかったから貯金もなかった。私は学校に事情を話してコンビニでアルバイトをさせてもらって、どうにか大学の受験料を払うことができた。進学するときは親戚の人が保証人になってアパートを借りさせてくれた。築二十年で六畳一間のワンルームを。一度ボヤが起きていて、その時の処理が雑だから、家賃が少し低かったので決めてしまった。
 ダメな両親は兄が死んでから本当にダメになった。それまでがダメだったにしても、もっとダメになった。もう口も利かなくなった。第一家に寄りつかなくなった。二人でトレイ掃除の仕事に出かけて行って、稼いだお金はそれぞれに消費してしまっているよう。私の学費はおじいちゃんとおばあちゃんが入ってくれていた学資保険から出ていて、生活費と家賃はバイトでなんとかしている。
 働くのは好きだ。主にぬいぐるみを被ってチラシを配る仕事をしている。それなら、顔を見られなくてもすむから。
 ゲンゴは黙っていた。
「コーヒーでもいれようか? 読書のお礼に」
「いや、帰るよ。レアンの奴がいい顔しねえよ」
 と言ってバックパックの中に古い本を仕舞い、床に置いていたジャケットとニット帽を手にとった。
「レアンが?」
「お前は冗談でむいにいやがらせ、なんて言えるだろうが、レアンは違うからな。俺とお前が二人で会ってる。そう聞いたら、気分が悪いだろう。そういうもんだ。覚えとけよ。それで早くより戻しちまえ」
「あんたも馬鹿の一つ覚えみたいに言うわね」
「お前こそ一回は付き合ったくせによ。なんだよまったく」
 とゲンゴは帽子をかぶりながら吐き捨てるように言った。
「だって」
 レアンが悪いのよ、と言いそうになった。
「だって?」
「なんでもない」
 悪いかどうかだったら、絶対にレアンが悪い。


「あ、やっぱりかわいいこだった。美人は姿勢からしてちがうからな。なんでこんな髪型してるの?」
 ものすごく失礼な奴、と思った。私が講義室でいつものように一人で座っていた時突然髪の毛をどけて私の顔をのぞき込んできたのだ。はじめて会った時。それまでも会ったことはあったのかもしれない。でも、私はこの髪のせいで人の顔を判別しずらい。やな奴、と思った。
「ねえ、なんで?」
 そういって笑っていた。本当にバカばかしい話なのだけど、私がレアンを好きな理由はそれだけ。はじめて見た時の笑った顔。理由はそれだけなのだ。


「俺は別にレアンの奴が嫌いじゃない。むしろ、人として信頼してもいる」
 ゲンゴが立ったまま突然言った。
「なによ。帰るんじゃなかったの」
「お前がもっとあいつのことを知ってもいいんじゃないかと思うんだ」
「何を知らせたいのか分からないけど、知ったとしてもその後をどうするのか、それは私が決めるわよ」
 ゲンゴは睨みを利かせて畳の上に立っていた。狭い家なので、背の高いゲンゴがいると窮屈そうに感じる。私は話を聞く意思を示すために、ベッドの上で姿勢を直した。
「こないだあいつと飲んだんだけどな。レアンの家で」
 大分酔っぱらったからだと思うんだが、とゲンゴはレアンのことを話し始めた。この前の土曜、二人ともバイト終わってからだったから、十時くらいからだったと思うんだが、と。

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