ODAの実態を見る!(その3)
今回は前回(その2)提起した 2. 総合的な計画がなされていない。
という点について詳述します。
これはまず以下の2つの基本的視点が欠落している欠けていることに留意すべきである。
(1) 汚泥処理・処分計画の欠落
水道・下水道プロジェクトを何のために行うのか?
それは人々の衛生改善・環境改善のためであるべきであり、その中で浄水場、下水処理場が建設される。
そこでは、まず水道の原水と下水道に含まれる濁質などの汚濁物質を分離・除去する工程(固液分離工程)が付与される。(図1.2参照)
浄水場、下水処理施設は適正な設計のもと、適正な運転維持管理をもって水処理されれば水質は改善され、人々或いは周辺環境の衛生・環境改善に寄与するが、濁質等は汚泥として濃縮分離される。
この汚泥の処理・処分を適正に計画・実行できれば、初めて水処理システムが完成することになる。
我が国では浄水場から発生する浄水汚泥の処理・処分にも厳正な指針があるが、発展途上国や中流国で、そうした指針は、まず存在しないし、また浄水処理では通常有害な濁質は含まれないから、浄水場で発生する濃縮汚泥の処理・処分を考慮することはなく、単純に天日乾燥か場合により取水した河川に戻される。
ただし、通常浄水処理の濁質除去には薬品を用いるため、濃縮汚泥量は原水に含まれる濁質量より多くなるし、薬品自体が汚濁物質として負の影響も懸念されるが、我が国のように薬品回収まで含めた汚泥の処理・処分を計画してもODA対象国では運転維持管理の技術的・費用的負担に耐えられない。
一方、特に問題となるのは下水プロジェクトである。
下水処理の場合は、一時的な濁質除去の他、微生物処理による汚濁物質の除去を図る必要があるが、臭気等の問題もあり、なかなか処分先は見つからない。
そのため、処理・処分汚泥の処理・処分の計画は“別途処理”だけで終わっており、最終処分(どのような形態でどこに・どのように処分するか)計画がないから処理場の運転が始まっても汚泥の処分ができず、結局運転を継続することができない。
或いは下水処理場内に汚泥が山積に放置され、そのうち風であちこちに臭気を含んだ汚泥が撒き散らされる。これでは環境改善プロジェクトとは言えない。
以前からJICAに下水プロジェクトはパイロットプロジェクトレベルの小規模でいいから、必ず廃棄物管理を組み込むようにと提案していたが、JICAもコンサルもそういった発想は持たない。
コンサルから提案することもないし、JICAも提案されたらTOR(業務指示書)と違うと応札しても提案したコンサルは初めから落とされるであろう。
更に発展途上国・中流国では廃棄物管理の法律・実施体制が未確立な場合が殆どで、その点、即ち上流側の改善プロジェクトが優先されるべきであるが、それは後術するように内容よりODA=日本の旗を立てる、やってますよ という感こそが大事という思想だから、こうした姿勢を貫く限り同じ失敗は続く。
大規模な下水処理場だけでなく、フィリピンのある島の空港の小さな下水処理場でも運転開始後、汚泥を搬入しようとした地域の住民から猛烈な反対が起き、暫くその対応で施設運転ができない事態となり、急遽代替地を探したと聞いている。
これも初めから汚泥処分計画と諸手続きがされていなかった例。
逆に汚泥の最終処分地も計画されていないのに、下水汚泥処理計画を行っている場合がある。
我が国・先進国では下水汚泥処理プロセスに関して図3のような処理プロセスがあり、さすがに③乾燥、④炭化、⑤焼却・溶融プロセスの計画は見られないが、濃縮⇒消化⇒脱水⇒コンポスト化の計画はよく見られる。
しかしながら消化工程にしてもプロジュクト終了後、自分達で運転維持管理ができず、すぐ放置された例は、枚挙に暇がない。(元々所要の性能がでるまでプロジェクトが続く訳ではない)
この問題は JICAプロジェクトのみならず、他の援助機関プロジェクトでも同様であった。
しかも最終処分場の計画ないから、結局汚泥は上記のような事態になる。
笑ってしまうのは消化⇒天日脱水という比較的ハイテクとローテクの組み合わせケースであるが、結局最後には上記のような大気中に汚泥拡散となる。
ではと容易にコンポストという提案になるが、これとて品質管理に関する指針がある発展途上国や中流国は少なく、指針があってもそれを担保できる体制にない。
これも上流側の問題であり、それらの整備支援が優先されるべきである。
せいぜい樹木の肥料程度にしか利用できない旨明記すべきである。
(2) 工場廃水対策の欠落
発展途上国や中進国の大・中都市での下水プロジェクトでは工場廃水対策も重要であるが、これも“工場廃水は入らないものとする”、或いは“前処理して下水道に流すものとする”という全く意味も根拠のない計画をし、実際運転開始となると初めから機能不全を起こし、結局ただ水が流れているというだけという惨めなプロジェクトに終わり、負の遺産となる。
途上国でも工場廃水に関する法律はあるが明らかな規制のための人材・機材・能力不足のため実効性は全く期待できない。
マケドニア(現北マケドニア)・スコピア市下水処理場計画の時、流入工場排水が問題とされた。
自分は、長年の経験を買われ、この分野の補強として参加した。
はじめ主要工場へのアンケートを行ったが、経験から全く信用性に欠けると判断した。
EUのコンサルが以前作成した報告書には流入量の1/3が工場排水と書かれていたが、裏付けデータもなく、水質については全く触れていなかった。
そこで数は少ないものの自分が以前のプロジェクトで自主的に指導した分析所による国際分析法に基づいた水質分析実測値及び自分の計量証明事業所勤務時代の分析経験及びいくつかの資料から各工場からの水質の推定と最大水使用量鉄鋼工場の排水量実測値測定から、非常に大雑把ではあるか流入工場排水の全負荷(水量x水質)は下水処理場全体負荷の1/3を占めると推定した。鉄鋼工場では予想通り申告の3-5倍の実排水量であった。
特筆すべきは下水処理場での微生物活動を阻害する重金属等“有害物質”が許容濃度を超えている排水もあった。
そこで、非常に大雑把な負荷推定を検証すべく下水道建設・稼働の前に工場排水対策プロジェクトが必須と考え、相手国側と協議し、法律体系の確立・分析所および環境インスペクター・ローカル環境コンサル・大学等の総合的能力強化を盛り込んだ技術協力プロジェクトの詳細なTOR(業務指示書)案を作成し、現地JICA担当者に提出した。
現地担当者は興味と理解を示し、それをJICA本部に送付したが、JICA本部からは結局何も反応がなかった。
また、モンゴル・ウランバートル中央処理場改造計画プロジェクトでは、頻繁に放流水質の悪化が見られた。
下水処理場は元々旧ソ連の設計によるものだが、設計値解析の結果、最終沈殿池の構造・容量に問題があると思われた。
その推定を確認するため、最終沈殿池への流入量を4/5に絞った。
結果は予想通りの結果となった。
それでも突如1次的に放流水質悪化することがあり、時期等を詳細に調査した結果、工場排水、特に染色工場からの排水が悪影響をもたらすことが判明した。
染色工場排水に対しては統合排水処理場があるが、設計も含め殆ど機能していないし、各工場への規制も指導も行われていない。
特に問題はクロムと皮革を洗う際の大量の生物難分解性非イオン系界面活性剤が多量に含まれていて、下水処理場での微生物処理の悪化の要因となる。
さらに当然汚泥にはクロムが含まれるが、この理由だけで汚泥は場外搬出できず、山積みとなり、風が吹けば臭気とともに大気中に拡散される。
最終沈殿池1池の増設は必須であるが、それと同時に工場排水の対策を確立させないと、結局安定化した放流水質は担保できず、環境改善プロジェクトにはなり得ない。
そこで、これもマケドニアの場合同様、指導した中央分析所、下水処理場運転維持管理直接担当部署である上下水道公社、接触した環境インスペクター、皮革工場排水中央処理場や大学環境学部教員等と協議し、工場排水対策の総合的技術協力プロジェクトのTOR案を作成し、プロジェクト報告書に盛り込んだ。しかしながら、これも日の目をみることはなかった。
なお、モンゴル・ウランバートル中央下水処理場は結局中国企業が建設することになったが、工場廃水問題が解決できなければ、適正な水質運転管理は不可能である。
この点に関し、中央分析所及び上下水道公社は、改めてJICA本部に工場排水対策プロジェクトの技術協力プロジェクトを申し入れ、個人的にJICA一担当者から話を聞かして欲しいと言われ、問題点などを説明した。とはいえ、それ以上の進展はなかった。一つの理由は、モンゴル政府からの依頼ではないからだとも聞く。
中国にそうした対応ができるとは思えず、こうした分野での我が国への期待は大きい。
建設を日本がやらないから、援助できないというのではなく、厳しい公害問題を克服してきた日本にしかできないという意識を持って規模は小さくても真に人材育成プロジェクトに前向きに取り組むべきであろう。
以前JICAとJBICが別々でプロジェクトの分担を行っていた頃は、結構JBICは、こうした問題に熱心な方もいたんだが。今のIICAは・・・
下水プロジェクトを環境プロジェクトと考えれば、汚泥処理・処分や工場排水に対する配慮は当然含まれていなければならないし、下水処理場が運転される前に、汚泥処理施・処分の問題や工場廃水対策プロジェクトが完了していなければならないが、箱ものにしか興味がなく、日本の旗を掲げることがODAの最優先と勘違いしている土木屋主体の海外水建設コンサルやJICAには全く言っていいほど総合的環境問題としての水・衛生プロジェクトが理解できず、汚泥・工場廃水対策及び後述する水質分析・運転維持管理の重要性などの審査は軽視されている。
繰り返しになるが、発展途上国及び中進国では汚泥処理・処分および工場廃水対策は殆ど行われていないものの一応法律はある場合が多い。
しかるにその法律体系は日本やEUを単に模倣しただけの場合が多く。関連法の抜け、矛盾が多い。 従ってその法律をどう実行していくかが確立されていない。
法体系が抜けだらけだから法律を遵守確認手段がない。
EUを模倣した国では環境インスペクターと呼ばれる部署があるが、教育もされないし(そもそも教育できる人材がいない)工場廃水の概念も水質・水量確認手段を知らない。
EUでの研修はあるらしいが、一般的なセミナー専門であり、EUのコンサル自体がOn-the-Jobトレーニングをすることはないようである。
私は、水・衛生プロジェクトは環境プロジェクトそのものと考えており、機会を捉えて環境問題解決の一助をなることを願って工場廃水対策のために、長年に渡りtry and errorの現場経験・実践から独自に作成した以下の内容含む4部作からなるセミナーテキストを用意してある。
(セミナー内容)
● 失敗プロジェクト例、それから何を学んだか、
● 我が国やEUの環境関連法体系・基準等、
● 我が国公害とその対策の歴史、
● 廃水処理計画でのキーポイント(平均化手法含む)、
● 廃水処理法実験法、
● 汚泥の汚泥処理・処分、我が国・欧米の判定法、
● 公害防止管理者とISO、
● 環境計量士制度とISO、
- 如何に水質分析等の精度追及を行うか、
- データの活用法、
● 企業の環境活動等の紹介
等多岐に渡り、時にはそれを基にアドリブを加えながら、セミナーを行い、更に機会があれば処理場や工場(発生源対策含む)、水質分析室などで実施指導してきた。
モンゴルでこのセミナーを開いた時、元々提案書に時期も書いてあるのに、横浜市からJICAに期限付きで下水の専門家として出向してきた専門家は、励ましてくれたもの、現地JICAは「事前の知らせがない」とか「そんなセミナー開いても殆ど人は集まらない」などといちゃもんつけるばかり。
いざセミナー開催したら、趣旨に賛成してくれた上下水道公社や興味を持った通訳達が呼びかけてくれた御蔭もあって、会場に入れない人がでるほど好評であった。
「こんな実経験に基づいた話は初めて聞いた」と言ってくれる参加者も多数いた。
実際は工場排水の担当はJICAの内部専門家であったが、上下水道公社から「トンチンカンの事聞いて何しに来たの?」と陰口を言われる程度の方で、前もって能力が分かっていたので、プロジェクト開始前から工場排水対策がキーポイントと直感し、自分で工場排水と対策の現状を上下水道公社職員と綿密に調査し、工場排水対策の技術協力プロジェクトTOR案を作成したものである。
はじめに4日間のこのセミナーを開いたのはマケドニアであったが、その反応は自分でも生涯の思い出の出来事になった。またの機会に紹介しよう。
次回は ODAの実態を見る!(その4)3. 水質を軽視し、運転・維持管理の重要性が認識されないプロジェクトが横行している。です。
本当に有難うございます。励みになります。元々書くことは好きなのですが、一旦書き出すと長くなります。こんな時、絵心があればと思います。