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大学教授、ゼミ生を連れてアメリカに渡る②~まだ見ぬアリゾナ編~


≪Episode 6~いたしかねます,できかねます~≫

「6人で作業を分担すると仕事が捗るよね」

ということで,各学生が旅行代理店やAAへの電話や宿の新たな手配などを分担していたのですが,もう一つ重要なのが(大学で研修まで受けて有無を言わさず加入させられた)海外旅行保険の確認。

 女子学生二人が持参したパンフレットにデカデカと書かれたお客様対応電話窓口に電話をかけ,今回の一連の事態と事情を説明します。

女学「PHXで必要になる追加の宿代は保険の対象になりますよね?」
保姐「補償いたしかねます
女学「ディレイにまつわる食費や宿泊費の補償は2万円までって書いてるじゃないですか?」
保姐「それは国内での宿泊に限られております」
女学「でも実際にディレイの影響で現地の宿を追加で予約しないといけなくなったんですよ」
保姐「そのような補償はできかねます…」

 そもそもこの保険,加入料金は1万円弱するそうで(ゼミ生談),実質1万円の補償とは随分と慎み深い商品ですね。あっ,当然ながらJALからの金銭的補償は一切ありません。学生同伴だからとJALブランドを信頼して予約した神さまお客さまに対して,随分な仕打ちじゃぁありま…(もう飽きた)。

 保険姐さんの対応に憤る女子学生二名に指導教員はにこやかにこう告げるのです。

「自分で意思決定する権限や裁量,責任や能力がある人は『ドクターX』の大門未知子のように『いたしません,できません』と答えるわけで,彼女たちは『いたせるかいたせないか,できるかできないか』を自分で判断・決定できないから『いたしかねます,できかねます』としか言わないんだよ。君たちもそれなりに偉くならないと,いつの間にか『いたしかねます,できかねます』としか言えない大人になるよ」

と。申し遅れましたが,今回の渡米は単なる海外旅行ではなくゼミの研修旅行を兼ねていておりまして,PHX行きのチケットが確保できた余裕も相俟って,ようやく少し説教臭いことが言えるようになったわけです。

≪Episode 7~58時のドライブ~≫

 米国へは2月5日40時半過ぎのUnited Airline(UA)でSFOに,そこからAAでLAX,PHXへと乗り継ぐタイトなスケジュール。PHX到着は元のスケジュールからちょうど24時間遅れの現地時間の2月6日19時過ぎ。

 当初は空港からの送迎付きのホテルを予約していたものの,(当該ホテルを含む空港周辺のホテルはどこも満室だったために)新たに取り直したホテルは,空港から車で約20分の送迎なし(治安が良いエリアでかつ価格も手ごろであることを優先したため)。翌朝に空港に戻ってレンタカーを借りていては本来の目的地であるNAUへの到着が大幅に遅れるため(PHXからNAUまでは車で3時間程度),空港からレンタカーで向かう選択肢しかないわけです。

 皆さん,覚えていらっしゃるでしょうか,指導教員はここまで約28時間ほぼ一睡もしておりません。意外に思われるかもしれませんが,狭い機内で様々な不安を抱えながらぐぅすか寝られるほど神経は太くありませんし脚も長いのです。するとPHX到着は実質的に日本時間の2月5日深々夜(造語)の58時。最悪の事態がまだ見ぬPHXの夜に確実に忍び寄ります。

 UAのカウンターで藁にも縋る思いでビジネスクラスへのアップグレード(無論自腹)を打診すると,なんと可能という有難いお言葉。「捨てる神しかいない」のではなく,拾う神は身銭を切って確保するものです。さて,ここで問題です。SFO行きビジネスクラスへのアップグレードはおいくらでしょう?

a) 717ドル
b) 818ドル
c) 919ドル
d) 1010ドル

正解は…(c)の919ドル!高い?いやいや,疲れ切った学生を乗せて58時に米国を初運転することを思えば1300ドルくらいまでなら出すつもりでしたよ。UA,格安っす!チケット購入後に一応奥さんに報告したところ,

「安全が第一なんだから(アップグレードして)当たり前でしょ!」

と男前なお言葉。神様は意外と身近にいるものです。

≪Episode 8~アリゾナ訪ねて3千マイル~≫

 エコノミーに座る学生諸君に少しだけ引け目を感じながら,ラウンジでシャワーを浴びて日本酒を飲み機内食を食べてワインを鱈腹飲んで睡眠薬をいつもより大目に飲んだ結果,ようやく6時間ほど寝ることができまして,SFOに到着したのは現地時間の6日午前8時。ようやく日にちのネジが巻かれたのです。

 「JALの呪い」から解放され,長いエピソードもそろそろ終盤に…と思うでしょ。それがね,ここからが本番だったりするの。いや,マジで。

 SFOからLAXへの乗り継ぎ便出発まではまだ2時間半以上。余裕っすよ余裕。ESTAによる入国手続きも無事済ませ,入管の列に並びます。空港職員によってなぜか学生たちと別のレーンに振り分けられるものの,これまでのJALの仕打ちに比べたら何てことはございません(しつこい)。

【少し混んでますかね…なかなか列が進みませんね…預け荷物のピックアップもあるしターミナルも違うから少し急がないといけませんね…もう9時半なのにまだだいぶ時間がかかりそうですね…どうやらギリギリになりそうですね…そろそろヤバいっすね…えっマジで??(約1時間半の出来事の要約)】

少し離れた学生とのSNSでの連絡が徐々に増えていきます。10時には入管を突破しないといよいよ間に合わんぞ,ということで意を決して緊急事態であることをアピールしながら必死の形相で

「あいむそーりー!!」

と叫んで列を掻き分けようとするも,ほどなくして空港職員に制止され,あっさりゲームセット。はい,かつて米国の公正取引法を研究していたにもかかわらず,ここが自由と公正の国であることを忘れておりました。遅刻する自由,遅刻される自由。

 入管を何とか突破し,荷物を受け取ったのはPHX行きの便の出発10分前。ここまでくると笑けてきます。

「アリゾナ訪ねて3000マイル…」

顔で笑って心で泣いて,気を取り直してAAの出発カウンターへ。そしたら窓口のおばちゃんが優しいの。事情を説明したら次のPHX行きの便を6人分確保してくれたの。少々若くて見た目が少し良くて満面の愛想笑いで「できかねます」しか言わないお人形,否,空港職員の100倍は天使に見えます。LA到着は15時前。奇跡的にPHX行きの便に間に合う可能性が再浮上したのです。

 ちなみに,米国の国内線移動は初体験だったのですが,こういうことはよくあることなのか,意外にスムーズに手続きができました。

 米国国内線未経験の方々に,その後あったプチトラブルをご紹介。SFOで飛行機に乗る際,液体物等を男子学生の預け荷物に移すことで手荷物に切り替えた女子学生二名の小型トランクがなぜか搭乗口で没収されてしまったのです。すぐ前を歩いていた僕の手荷物は回収されなかったのにね。

「AAは荷物の扱いが雑で有名だから,大学教授の高級そうなトランクを預かって何かあったら面倒だからなんじゃない?」

などと軽口を叩きながらLAXに無事到着。手荷物受取所(Baggage Claimと呼ぶのを初めて知りました。ネイティブの感覚は不思議っすね)にて男子学生の荷物はすぐ出てきたにもかかわらず,突如没収された二名分の荷物がいつまでたっても出てこず,複数の空港職員に彼女たちが尋ねるも

やれ

「別のターミナルだ」

いや

「PHXまで運ばれてる」

などと言ってることがてんでんバラバラ(ゼミ生談)。ここまでの道中,絶えず明るく振舞っていた彼女たちの表情にも不安の色が覗きます。

 機内から窓越しに彼女たちの荷物が搬入されるのを目視していたので,個人的には「まぁ大丈夫っしょ」と高を括っていたのですが,ここで彼女たちを千尋の谷に突き落とすと一生恨まれそうなので,AAの手荷物カウンターを探し出し,プロフェッサー自らが出馬しPHXまで間違いなく運ばれていることを確認。こういうときは語学力より「念押し力」が功を奏するわけなのです。

 ちなみに搭乗直前に彼女たちの荷物が回収された理由ですが,乗客が機内に持ち込むトランクの数が余りに多いために,客席上の棚に収納しきれないと判断されたようです。お陰で大恥をかきました。知ったかぶりはいけませんね。

≪Episode9~PHX上空での小話~≫

 あとはもう「もぬけの殻」でして,流れるように流されるままにPHX行きの飛行機に乗り込みます。機内にて眼下に広がるアリゾナの大地を撮影しようとスマホを取り出すと,

「ガサっ」

と音が。

「シマッタ!スマホと一緒に左のポケットに入れていたカード入れが座席の隙間に落ちたかも…」

と狭い空間をまさぐるも,それらしきものの感触はなく急に不安が高まります。というのも,そのカード入れには今回の旅程をクリアするのに絶対不可欠なクレジットカード2枚が入っていたのです。

「まぁ,着陸後に座席の下を探せばいいや」

と普通なら思うでしょ。思いましたよ。そしたらね,後ろでガサゴソと音がして,チャックを閉める音がするの。

「マズい,カード入れを盗まれた…死ぬ…」

「JALの呪い」は人を疑い深くするのです。だって,疲れ果てた「お客様御一行」の滞在先ホテルを間違って伝えるくらいですから(しつこい)。えぇ,疑いましたよ,後ろの若い男性を。

「お願いだから締めたチャックの中身を見せて!いや,あなたを疑ってはいないんです。でもね,カード入れがないんです。あなたがそんな悪い人なんて微塵も思っていませんよ。だけどね,それを確認しないと僕たちは前に進めないの。カード入れがないと5頭の子虎も死ぬの!! (出題:関西大学商学部岩本ゼミ)」

という英作文を必死に考えましたよ。受験生より必死にね。「気が気でない」とはまさにこのこと。狭い機内では身動きが取れず,

「勝負は着陸後すぐに決まる…」

と,クラウチングスタートの態勢に入った短距離走者のように体を硬直させていると,ふと,UAのビジネスクラスの思い出が去来するのです。

 時計の針を10時間ほど巻き戻しましょう(ちなみにLAとPHXは1時間の時差。その距離(横浜→広島くらいの距離)をレンタカーで移動する可能性を模索してたなんて狂気の沙汰としか言いようがありません)。ビジネスクラスにて英気を養ったプロフェッサーは,新たな戦いの地であるUSAに颯爽と力強く足を踏み入れるのです。するとね,なぜだか急にお尻を触って(無論自分ノネ),青ざめるの。

「あれ?カード入れがない!」
「今回の旅の命綱であるクレジットカードが2枚とも…ない!」

ゼミでも講義でも「リスク分散は重要」とあれだけ偉そうに言っていたのにこのザマですよ。とはいえ,飛行機から降りた瞬間に緊急事態に気づくのですから,日常生活での物忘れの多さも時に役立つわけなのです。スタッフさんにお願いして座席を探してもらったところ,見事カード入れを発見(報告を待つ間,生きた心地がしませんでしたよね…)。こうした経緯がありまして,

「カード入れはチャック付きのポケットに入れねばならぬ」
「カードは一か所にまとめてはならぬ」

と固く心に誓ったはずなのに,どうして約束は果たされないの?僕らはいつもすれ違うの??

 時計の針を元に戻して再び着陸目前の機内。2枚のクレジットカードを失う恐怖を思えば,「JALの呪い」なんて可愛いもんです。臨戦態勢で体を少し浮かせます。なんの気まぐれか,お尻を少し触ります(無論自分ノネ)。

「あったぁーーーーーーー!!!」(以後省略)

ホテルに着いたのは現地時間の21時。羽田の有料ネットを使って20分で予約変更したレンタカーの車種が勝手に変更されておりまして,元の車種に変更し直したら料金が2割増しになったことなんてご愛敬。ゼミ生はクタクタかと思いきや,ホテルの部屋に宅配ピザを頼む元気っぷり。指導教員は疲れ果て,ピザパーティーを辞退し,ようやく安眠の地であるクイーンベッドへ。若いって羨ましいですね…

ゼミ生と酒盛りします。