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【世界一わかりやすい!?】不確実性プールの原理

 「不確実性プールの原理」とは【各小売店がそれぞれ在庫を持つよりも在庫を卸売業者に集中させた方が,より少ない在庫量でリスク(つまり需要の変動)に対応できるということを説明する理論】です。(見出し写真の出典は「https://www.pstudio.co.jp/studio/hanazono-room/」)

 マーケティングや流通に関係するほぼすべてのテキストにおいて紹介・説明される有名な理論ですが,その説明はどれも十分ではありません。実は,この理論を正確に理解するには統計学の知識が不可欠で,そこまで丁寧な説明をしている教科書は全くと言っていいほど見当たりません。逆に言えば,ほぼ全てのテキストではテキトーに説明を誤魔化しているのです。

 統計学を1から説明することなく,この原理をどう分かりやすく且つ正確に説明すれば良いか?と夜も眠れなかった大学教員に,ある年の冬,天啓が舞い降ります。長時間に及ぶ大学入試の試験監督の最中,夢と現実の狭間,沈思黙考の末に,ふとそれは浮かんだのです。

 その日,65人の受験生がいる小さな教室には,試験監督者(以下,SKと略)は彼を含めて4人でした。その前日は90人程度の受験生に7人の教員・事務職員が朝から夕方まで張り付いていました。御多分に漏れず,彼も「無駄だなぁ~退屈だなぁ~」と内心愚痴りながら教室を見回していましたことでしょう。とはいえ,代替案を示さないことには,無駄であることは証明できません。そこで,全ての教室を2人程度のSKで賄う方法を考え始めました。

 その方法を紹介する前に,まずは65人の受験生になぜ4人ものSKが配置されるのかを考えてみましょう。トイレに行くことを希望する受験生が出た場合,原則として同性のSKが引率する必要があります。ベテランの大学教員が担当する試験監督責任者(SK責任者)1名は,教壇中央に陣取り受験生に指示を与え,事務方の責任者1名が,受験者の人数や答案の回収枚数などを最終的に確認する役割を果たします。そして,トイレに付き添う要員が男女1人ずつ必要になり,計4人がどんな小規模の教室にも必要になるのです。


 さて,ここでSK責任者に次のようなアプリを内蔵したiPadを持たせたらどうなるでしょう。トップページに「トイレ男・女/体調不良/試験問題に対する質問/その他/緊急」など,試験中に起こりうる事態を網羅したアイコンが映し出されているとしましょう。

 各教室に必ず1人いるSK責任者は,試験中に(「不測の」ではなく)予測済みの事態発生に応じて適切なアイコンをタッチします。すると,歩いて2,3分程度の距離にある試験本部で待機していた人員が派遣されます。このとき本部に待機すべきSKの人数はどうなるでしょうか?

 説明を分かりやすくするために,話を単純化しましょう。例えば校舎Aに100人収容の教室が10室あったとします。現状では90人収容の教室に7名のSKを配置させているので,おそらく全体で70~80名程度のSKが必要でしょう。一人あたりの日給を3万円と計算するとコストは210~240万となります。幸か不幸か大学教員の給与はそれほど安くはないのです。

マーケティング論2019講義用


 10室のうち,試験中にトイレに立つ受験生が多く現れる教室を事前に予測するのは不可能です。そこで,SKの「在庫」を試験が行われている各教室ではなく,校舎Aの試験本部に10名ほど待機させてみましょう。当日の受験生の男女比は事前に把握可能で,それに応じて待機中のSKの性別の割合を変えることも(本来は)可能なはずです。

 ここで,校舎Aの任意の教室でトイレに行きたい受験生が手を挙げたとしましょう。SK責任者は事情を確認し手元のiPadをタッチすると,待機中の同性のSKが教室に駆け付けます。校舎Aで受験している計1000人のうち同性6人が同時にトイレに立つ可能性は(受験生が事前に示し合わせていない限り)極めて低いでしょうから,待機するSKは10名で十分なはずです。性別に関係ないその他の業務は,余剰人員が対応します。

 すると,これまで70~80名程度必要だったSKは,10教室に配置された教員・事務職員の責任者2名ずつで20人に加えて,本部待機の10人で計30人に抑制できます。受験生1000人当たり約150万円のコスト削減です。関〇大学の場合,数万人の受験生が受験しますから,単純計算で一年間に数億円のコスト削減です。もちろん,iPadの購入やシステムの開発にはコストがかかりますが,それは次年度にも継続して使用できるので限界費用はどんどん低下し,十年間で数十億円のコストが削減できるはずです。

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 このような議論をすると「SKの数を減らすと,カンニングが増えて大学の信頼が損なわれるのでは?」と憂慮する心配性の人もいるでしょう。当然ながら,SKにはトイレへの付き添いの他にも仕事があります。主に,①答案用紙&試験問題の配布,②受験生の写真照合(本人確認),③カンニングの監視,④答案用紙の回収,⑤回収後の枚数確認です。

①④:本来であれば,試験問題は受験生に回させたいところですが,欠席者がいた場合などの指示が面倒なので,念のためSKが配ることにしましょう。すると,試験開始前の問題および解答用紙の配布と,試験終了直後の解答用紙の回収時に,SKに対する需要が一気に高まります。とりわけ配布については,試験開始前に受験者全員に確実に行きわたるようにしなければなりません。
 配布と回収作業には,試験本部でトイレ要員として待機している10名に加えて,(答案用紙が試験本部に到着した後に枚数を再確認するのが主な業務の)試験本部常駐の人員10名を借り受けます(その程度の人数は実際に本部に在駐しています)。彼らは試験開始と終了の10分前に10室に2名ずつ出動して,問題用紙や答案用紙を配布・回収するのです。
 100名の答案用紙の回収をSK責任者を除く3名で行う場合,3分程度はかかるでしょう。しかし回収に時間がかかっても何の問題もありません。唯一の問題は,その間に受験生が答案を書き換えることのみです。これを防ぐために,SK責任者は試験終了の合図の後にペンに触れた場合,その段階で不正行為と見なすことを事前に告げ,彼らを3分間,壇上から監視していれば良いのです。SKも回収を急ぐのではなく,周囲を見渡しながらゆっくり答案を回収します。配布の場合は,問題用紙も配布しなければなりませんので,より時間がかかりますが,不正行為の心配がない分,容易にかつスピーディーに行うことができるでしょう。

⑤:基本的にSK事務責任者一名が行う枚数確認作業は,これまでの作業時間と大差が生じないはずです。

②:写真照合は,テスト開始後に事務方の責任者のSKが行い,試験中であっても照合の際には一度だけ必ず顔を上げるよう指示すればよいでしょう。受験生は試験中に一瞬顔を上げることよりも,現状のように,複数のSKが暇つぶしとストレッチ運動のために何度も通路をうろちょろする方が邪魔くさいはずです。

③:100名の教室に2名のSKで試験中のカンニングを防げるかどうかは,また別の機会に説明するとして,現状のように,最前線である試験会場の各教室(=取引の流れに例えると小売段階)に教員・事務方の2名の責任者以外に約50~60人のSK(=商品)を配置(=在庫)するのではなく,試験本部(=卸売段階)に10名のSKを在庫させ,必要に応じてその都度,SKを供給したほうが,より少ない人員(=在庫数)で試験中に起こりうる不確実な事態に対応できることが分かるはずです。つまり,この例は,10の教室で生じうる様々な不確実性が試験本部1ヶ所にプールされる結果,チャネルの末端でのSKの在庫数が減り,大幅な効率化とコスト削減(計40名分×日給3万円=120万円)が実現することを示しているのです。

ゼミ生と酒盛りします。