恐怖！原稿紛失

アニメーションがパラパラ漫画と同じ原理で動いて見えるのはご存かと思う。たくさんの絵を目にも留まらぬ速さで重ねてゆくと、錯覚がおこるわけだ。だから、アニメの仕事に関わると、日々たくさんの絵と格闘することになる。

アニメの制作工程をかいつまんでいうと、まず絵コンテという設計図のようなものがあり、それをもとに原画というものがつくられる。これはアニメのたくさんの絵のなかでも、動きのキーになる重要な絵のことをいう。原画はアニメの良し悪しを左右するので、いちど下書きをする。この下書きはレイアウトと呼ばれる。原画ができると、その間をつなぐ、動画がつくられる。そして、色を塗ったり、エフェクトをかけたりしてだんだんとアニメが完成してゆく。その作業は分業制によって成り立っており、原画を描く原画マン、動画を描く動画マン、動画の動きをチェックする動検、色を決める色指定、色をぬる仕上げ、など、数々の工程があって、そのそれぞれで別々の人が作業をする。

アニメの制作過程において、最も多くの情報を有しているのは、誰だろう。監督、という存在がまっさきに思い浮かぶ。たしかに、監督というのは作品の大黒柱だ。しかし、監督は作品のクオリティについての責任を負う人物であり、納期をチェックする役ではない。すべての絵が滞りなく完成に向かっているか、どの工程でストップしていて何が問題になっているか、スケジュールを知悉しているのは、監督でなく制作進行である。

ところで、30分のアニメならば、おおよそ300くらいの原画が描かれる。それが分業制で日夜数々の人々の間を、絶えず往来している。制作進行はそのすべての原画が、いまどこにあって、どういう作業をしているか、把握していないといけない。だから、進行はカット表をつける。超簡略化すると、次のようなものになる。私のアニメ制作にかんする知識はちょっと古いので、こういうのも今は変化しているかもしれないが。

たとえば、カット1はレイアウト（原画の下書き）が6月2日に完成し、その後、演出家のチェックを翌日、作画監督のチェックをその翌日、監督のチェックをさらに翌日に通過し、晴れてOKが出た。その後レイアウトが担当の原画マンに返却され、原画マンは本番の原画を仕上げる。その原画は、6月9日に完成し、レイアウトのときとおなじように、各責任者のチェックを順繰りに回っていってる、というのがわかるのだ、この表を見れば。

制作進行は、日々カットを運搬しながら、この表を更新してゆく。しかし、正直かなり面倒だ。徹夜で原画の仕上がりを待って、会社に戻ってきたのは朝の5時、もう30時間は働いている、という状況で、最後に待っているのが、このカット表の更新なのだ。エクセルを立ち上げるのがつらい。しかし、これをサボると悲劇が待っている。

カットが行方不明になるのだ。上の表をみれば、カット3はレイアウトが6月10日にUPした、ということになっている。すると、そのカットは次の工程の担当者である演出家が持っているはずである。しかし、いつまでたってもチェックが終わらないことがある。そこで演出家に進捗を尋ねると、次のように言われる。

そのカットはもうチェックしたよ。

驚愕の一言である。自分の表では演出家がカットを持っていることになっている。しかし、演出家はカットをすでにチェックしたと言う。では、そのカットはどこにあるのか。制作進行は、次の工程の担当者である、作画監督に、それとなく尋ねる。「カット3、持ってませんよね？」

すると作画監督は、「持っていない」という。ではどこに。監督のもとまで行っているのか。しかし、監督は怖い。カットをちゃんと管理していない、ということになると、相当怒られるだろう。聞けない。そう考えた制作進行は、自分の机や車の中を探し回る。出てこない。他の原画マンのところに間違って行っていないか、探し回る。しかし出てこない。ない、どこを探しても。

そういう状態のまま、数日が過ぎてしまうことがある。胃に悪い。どの作業をしていても脳裏にはカット3のことが浮かぶ。もしかしたら、間違って捨てたとか…背筋が凍る。しかし、安心してほしい、私はなんどもカットをロストしているが、ほんとうに無くしたことは一度もなかった。いずれひょっこり出てくるのだ。自分の入力漏れでちゃんと監督の手元に渡っていたり、演出家が家に持って帰っていたりする。先輩のベテラン制作進行は、カットをロストしても微動だにしなかった。彼の名言をあげておこう。

俺たちの知らないところで、妖精がカットを運んでくれてるんだ。

何が起きても平常心を保つこと。あとミスはすぐ申告したほうがゼッタイいいよ！