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鰯崎友×born

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鰯崎友の個人note+WEBマガジン bornでの記事、作品をまとめました。
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#鰯崎

【アニメの日々】居眠り運転の日々【おそらく聞いたことがない話】

アニメーションの制作進行に課せられたミッションは、車を運転してアニメーターの家に赴き、原稿を回収すること。基本的に休日は無く、まる3日ぶっ通しで働きました、ということも多々あるなかでの車の運転は、とうぜんながら非常に危ない。居眠り運転は日常茶飯事、という状態だった。会社からの通達で、本当に眠いときにはコンビニなどに車を止めて、仮眠をとるように言われていたものの、そんなことをしていればスケジュールが破綻する。 それに、疲れが溜まっているから、15分だけ仮眠と決めていても、いっ

樹妖記あるいはサクセスの秘密【おそらく聞いたことがない話】

法相宗の僧、円儀が遣唐使として倭国から唐へと向かったのは、斎明五年のことである。しかし、その当時の航行とはまさに風任せのものであり、運に見放された円儀はついに唐へと渡ること叶わなかった。船は当初の航路から大幅に南へと流され、現在でいう、ヴェトナムへと漂着したのであった。 円儀は自身の不幸を呪ったものの、仕方がないので、この地に自分がたどり着いたのは、御仏の導きである、と考えることにした。自分には、この地にて為すべき使命が存在しているのだ、と考えることにした。元来楽天的で前

世界の競馬ファンがざわざわしている 【おそらく聞いたことがない話】

今年、世界の競馬ファンがざわざわしているのをご存じだろうか。ある1頭の馬と、その子どもたちについて、である。 ディープインパクト。名前を聞いたことのある方もいらっしゃるだろう。生涯成績14戦12勝。獲得賞金約14億5000万円。サラブレッドの世界ランキングで年間1位を獲得したこともある。コンビを組んだ武豊騎手は、その乗り心地を、「走っているというよりも、飛んでいるような感覚」と語った。日本産の馬として歴代最強クラスの馬だ。 こういう馬は、自身の走りもさることながら、引退後

大谷翔平と愉快な仲間たち 【先発投手編】

最近、私の個人ページにて、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手のチームメイトを紹介した。今回は、さらにそのつづき。エンゼルスの先発投手陣について見ていきたい。例によって、括弧内の成績は’17年度のもの。動画はエンゼルス公式サイトより。 日本プロ野球でいうとどの選手に似ているかについても併記するが、MLBとNPBでは投手が操る球種の違いが顕著なため、投球の内容が似ている投手を探すのは難しい。あくまでその投手が残してきた記録をもとに、私の独断と偏見で日本でいうとどれくらいのク

線でマンガを読む『夏目房之介×手塚治虫』

『線でマンガを読む』について、毎回ご好評を頂いており、読者の皆様に感謝を申し上げたい。ここらで、自分がこのコラムを書くきっかけとなった尊敬する先達を紹介しておこうと思う。マンガ家兼マンガ批評家、夏目房之介だ。 NHK・BS2で1996年から2009年まで放送されていた『BSマンガ夜話』という番組がある。毎回ひとつのマンガ作品を取り上げ、さまざまな角度から語り合うという内容。レギュラーコメンテーターはマンガ家のいしかわじゅんと夏目房之介、評論家・岡田斗司夫の三人。司会進行は交

線でマンガを読む・新学期直前スペシャル『唐沢なをき』

唐沢なをきのデビューは1980年代半ば。失礼ながら大ヒット作というのはないけれども、知る人ぞ知るギャグマンガ家として、今日に至るまで非常に長期間活躍している。短命に終わったり、途中からストーリーマンガにシフトすることの多いギャグマンガ家のなかで、この息の長さはおどろくべきものだ。タフさでいえば、中日ドラゴンズの岩瀬投手にだって匹敵するだろう。 唐沢の近作『まんが家総進撃』には、一般社会の常識から逸脱した、架空のマンガ家たちの数々の奇行が描かれている。笑いと悲しみが交互に襲っ

『15時17分、パリ行き』 世界最強の男の映画

最近、ジジイたちがアグレッシブだ。77歳の宮崎駿が短編映画『毛虫のボロ』を完成させた。80歳の大林宜彦は超アヴァンギャルド映画『花筐』を撮った。そして、海の向こうにも活発なジジイがいる。今年87歳を迎える、クリント・イーストウッドだ。 ご存じのように、イーストウッドは世界最強の男だ。彼は街を牛耳る無法者と戦い、ドイツ軍のタイガー戦車と戦い、いかれた連続殺人犯と戦い、年を取ってからは軍曹として若い兵士たちを鍛え上げ、再度、街の無法者と戦い、宇宙に飛び立って地球の危機を救った。

『シェイプ・オブ・ウォーター』 これから観にいく人へ 【デル・トロの演出を深読みする】

『シェイプ・オブ・ウォーター』、観てきました。評判に違わぬ力作で、とても満足しました。変化球と思いきや、美しい映像で語られる直球のラブストーリー。私、アカデミー賞授賞式のさいのギレルモ・デル・トロ監督のスピーチにちょっとうるっと来たのです。 「私が子供だった頃メキシコで育っていて、こういったことが起こるとは想像もしていませんでした。しかし、それが実現しました。夢を見ている人達、ファンタジーを使って現実について語りたいと思っている人達に伝えたいです。夢は実現するんです。切り開

フリオ・コルタサル【南米の大喜利名人】

ご存じラテンアメリカ短編小説の名手、フリオ・コルタサルの作品を読むとき、「これは大喜利だな」と感じる。「もし〇〇が××だったら…」と突飛なお題がポンと出て、それをいかに上手く料理して、お客さんを喜ばせるか、というメソッドが同じなのだ。 コルタサルの作品の、例えば『占拠された屋敷』は、「もし、自分の家をワケの分からない何者かに占拠されたら…」というお題に対するアンサーであるし、『南部高速道路』は「もし、高速道路で半年間つづく超絶的な渋滞に巻き込まれたら…」というお題についての

線でマンガを読む『売野機子』

マンガにおいて描かれる「美少女」とか「美人」の典型は、以下のようなものだろう。 (左:『火の鳥』手塚治虫  右:『恋は雨上がりのように』眉月じゅん) まず、目がとても大きい。顔全体の面積のかなりの部分を占め、瞳への光の入り方やまつ毛なども細かく描かれる。反対に鼻や口はできるだけさりげなく配置される。鼻の孔や唇は省略される。これは手塚治虫の時代から連綿と続くお約束だ。マンガ家の「キャラクターを描くときに、一番力をいれるのは、目」という旨のコメントは枚挙にいとまがない。キャラ

超短編小説【おそらく聞いたことがない話  NINE PIECES】

9つの、おそらく聞いたことがない話 朝起きたら、ぜんぜん寒くなくってさあ、なんだかあたりの様子がやたらインドっぽいな…と思ったんだ。 っぽいというか、本当にインドだったんだよ。俺は練馬に住んでいたはずなのに。 しかたがないから、いまちょうどガンジス川を下って会社にむかっているんだけど、インドに俺の会社があるのかどうか、正直不安だ。 ラトゥラナ=ラナジュナはラトラ教の聖典である。開祖ラトラの言行録「バロ」、世界の滅亡と再生を綴った「ケル」、様々な秘術の記された「キテレツ

線でマンガを読む『西村ツチカ×岩明均』

変幻自在。西村ツチカにはこの言葉がふさわしい。物語によって、大胆にタッチを変える作家である。Gペン、ないし丸ペンを多用するが、同じペンでもまったく異なる雰囲気を演出する、高い表現力の持ち主だ。以下の4つの絵は、どれも西村の最新短編集『アイスバーン』に収められている作品から引用したものだ。ひとりの作家がこれだけ自由に絵柄を変えられる、ということに驚いてしまう。 (『アイスバーン』西村ツチカ 2017) アメコミのようなタッチから、少女マンガ的な繊細さまで、器用に操る西村だが

アミール・ナデリ『駆ける少年』

数年前、オーディトリウム渋谷にて、イラン映画『駆ける少年』(1985)を見た。ロビーになんか外国人のおじいさんがいるなあ、と思っていたら、なんと本作の監督、アミール・ナデリその人で、たいへん驚いた。 浜辺に打ち捨てられた廃船で暮らす、孤児のアミル少年は、海岸で空き瓶を拾って売ったり、街頭で氷水を売ったり、靴磨きをしたりして、なかなか大変な生活を送っている。学校にも行っていないので、字が読めない。客観的には、つらい境遇と言える。アミルはイランの乾いた土の上を、陰湿な暴力から

線でマンガを読む『タカノ綾×西島大介』

映画、小説などの作品には、その作品ごとの時間感覚、スピード感がある。例えば映画ではカットを短くつなげて素早い動作を演出したり、反対に、延々と同じカットを長まわしして、ゆったりとした時の流れを観客に感じさせたりという工夫によって、作品の「色」が決まる。マンガにおいて、映画のカット割りと相同の役割を果たすのは、コマ割りであるが、「線」そのものも時間感覚を決定する重要なファクターとなりうる。今回は、時間感覚において対照的な印象をもたらすふたりの作家、タカノ綾と西島大介の線を紹介した