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鰯崎友×born

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鰯崎友の個人note+WEBマガジン bornでの記事、作品をまとめました。
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2018年2月の記事一覧

超短編小説【おそらく聞いたことがない話  NINE PIECES】

9つの、おそらく聞いたことがない話 朝起きたら、ぜんぜん寒くなくってさあ、なんだかあたりの様子がやたらインドっぽいな…と思ったんだ。 っぽいというか、本当にインドだったんだよ。俺は練馬に住んでいたはずなのに。 しかたがないから、いまちょうどガンジス川を下って会社にむかっているんだけど、インドに俺の会社があるのかどうか、正直不安だ。 ラトゥラナ=ラナジュナはラトラ教の聖典である。開祖ラトラの言行録「バロ」、世界の滅亡と再生を綴った「ケル」、様々な秘術の記された「キテレツ

線でマンガを読む『西村ツチカ×岩明均』

変幻自在。西村ツチカにはこの言葉がふさわしい。物語によって、大胆にタッチを変える作家である。Gペン、ないし丸ペンを多用するが、同じペンでもまったく異なる雰囲気を演出する、高い表現力の持ち主だ。以下の4つの絵は、どれも西村の最新短編集『アイスバーン』に収められている作品から引用したものだ。ひとりの作家がこれだけ自由に絵柄を変えられる、ということに驚いてしまう。 (『アイスバーン』西村ツチカ 2017) アメコミのようなタッチから、少女マンガ的な繊細さまで、器用に操る西村だが

アミール・ナデリ『駆ける少年』

数年前、オーディトリウム渋谷にて、イラン映画『駆ける少年』(1985)を見た。ロビーになんか外国人のおじいさんがいるなあ、と思っていたら、なんと本作の監督、アミール・ナデリその人で、たいへん驚いた。 浜辺に打ち捨てられた廃船で暮らす、孤児のアミル少年は、海岸で空き瓶を拾って売ったり、街頭で氷水を売ったり、靴磨きをしたりして、なかなか大変な生活を送っている。学校にも行っていないので、字が読めない。客観的には、つらい境遇と言える。アミルはイランの乾いた土の上を、陰湿な暴力から

線でマンガを読む『タカノ綾×西島大介』

映画、小説などの作品には、その作品ごとの時間感覚、スピード感がある。例えば映画ではカットを短くつなげて素早い動作を演出したり、反対に、延々と同じカットを長まわしして、ゆったりとした時の流れを観客に感じさせたりという工夫によって、作品の「色」が決まる。マンガにおいて、映画のカット割りと相同の役割を果たすのは、コマ割りであるが、「線」そのものも時間感覚を決定する重要なファクターとなりうる。今回は、時間感覚において対照的な印象をもたらすふたりの作家、タカノ綾と西島大介の線を紹介した

線でマンガを読む『五十嵐大介』

作家の引く描線は彼の物語、宇宙観を何よりも雄弁に語るだろう。その典型例が、五十嵐大介である。 五十嵐は主線に強弱が比較的つきにくく、細い線を引くことができる丸ペンを用い、細部をボールペンで緻密に書き込んでゆく。微細な線の集積によって描かれた、人物を圧倒するほどの存在感を有する動植物たち。一般にマンガに描かれる動物や植物は、デフォルメされたり、あくまで「背景」として簡略化されることが多いが、五十嵐の場合はちがう。五十嵐は「自然」を描くことに尋常ではないこだわりを持った作家だ。

『ユニクロ潜入一年』&『この地獄を生きるのだ』

(born webマガジンに寄稿した記事と同一の内容です。) 以前、ブラック業界で働いていたことがある。 最もひどいときには1日の労働時間、という概念が無かった。24時間、仮眠と食事、トイレ以外はすべて仕事、という生活を送っていたのだ。 仕事場の床か移動中のタクシーの中で、ジャンパーにくるまって30分とか、1時間といった細切れの睡眠を取る。1日につき計3時間眠ることができればラッキーなほうだ。10日ほど風呂に入らず、服も着替えなかったら、体が生ごみのような匂いを放つように

『人間にとって健康とは何か』

(born webマガジンに寄稿した記事と同一の内容です。) 斎藤環、という人をご存じだろうか? たまにテレビにも出演しているから、そこそこ知名度はある、と言えるかもしれない。 精神科医で批評家、1998年に『社会的ひきこもり――終わらない思春期』という本を執筆しており、「ひきこもり」というワードを広く一般に認知させた人物なのだ。 臨床医として、ひきこもる人々のケアと支援を行いつつ、そこで得た経験で批評家としてひきこもり問題を分析するという、社会的に言ってとても有意義なお仕

大林宜彦『花筐/HANAGATAMI』【おそらく聞いたことがない話】

以前、大林宜彦監督と食事をご一緒させて頂いたことがある。『転校生』や『時をかける少女』『SADA〜戯作・阿部定の生涯』『この空の花 長岡花火物語』などの日本映画史に残る名作や前衛作品を拵えたマエストロに、学生だった私は、「映画を作るとき、いちばん大事にするのはどのようなことですか?」という稚拙な質問を投げかけた。監督はにっこりと微笑んで、言った。 「心臓の音を聞くんだよ」 ゆっくりと両手をご自身の胸にあてがい、「自分の心臓の音が、自分の作品のリズムを決める。その音を頼