マンガのなかの少女マンガ/家(7):東宮千子『ペーターと狼-少女まんが家養成講座』

 今回取り上げるのは東宮千子『ペーターと狼−少女まんが家養成講座』(冬水社)である。
 作者の東宮千子は商業誌で活躍する一方、1990年に同人サークル・吉祥寺企画を結成。芳崎せいむなども所属していたこのサークルを母体として設立されたのが冬水社である…という説明で正確だろうか、このあたりについてはきちんと調べたわけではないので何らかの形で今後フォローしたい。
 ともあれ、同社の代表取締役でもある東宮が1996年から1998年にかけて連載していたのがこの作品である。掲載誌は当初は『いち好きDX』、98年からは『いちばん好き』へと移行している。

 人物の実に鋭角的なアゴに、時代!!なわけだが、それはともかくとして表紙を見てみると1巻には次のようにある。

彼、羽生穂波(16歳・男)が、少女まんが家を目指す理由。

 このキャッチコピー通り、基本的には高校生の男子が少女マンガ家を目指すことになるのだが、肝心なのは副題の「養成講座」、つまり主人公・羽生穂波を少女マンガ家に育て上げる人物が現れるのである。
 羽生穂波の母はモデルからキャスターに転身した美女で、彼自身も街を歩けば道行く女性たちが振り返り、芸能事務所のスカウトから次々と声をかけられるという抜群の容姿の持ち主だ。母も穂積をいずれは芸能界デビューさせようと目論んでいるのだが、母への反発心もあってか本人にはそんな気はなく、夢はマンガ家でせっせと投稿しているのだが、なかなか良い結果は得られない。
  それでもマンガ家の夢をあきらめない穂波は投稿作へのコメントを踏まえて、キャラクターづくりの参考にするために身近にいる魅力的な人物をさがすのだが、そんな中でにわかに気になってきたのがクラスメイトの男子・春館五十鈴。実は春館もかなりのマンガ好きだと知って自分がマンガを描いていることを打ち明け作品を見せると、彼が次々と実践的かつ的確なアドバイスを繰り出してくる。驚いた穂波は春館を編集者志望かと考えるが、検事になるのが夢なのだという。しかし、実は春館の母はマンガ誌を出版する双春社の社長であり、彼もまた編集者志望どころか、その圧倒的な知識とセンスでいくつものヒット作に影で関わってきた同社の立役者だったのだ。
 そんな天才アマチュア編集者・春館は、持ち前の画力を活かすために少女マンガへの道へと進むことを穂波に提案する。

 本作が巧みなのは、そこはかとないBL風味として読者に供される「穂波が春館へ惹かれる気持ち」が作中で展開される実作論とを重ね合わせる手付きである。
 春館を参考に「かっこいいキャラクター」を分析し作品に活かす穂波。しかしそれを読んだ春館はただかっこいいだけの表面的なキャラクターになっていることを穂波にさりげなく気づかせ「読者をはめさせるテクが足りない」と指摘する。それを受けて穂波は、自分がなぜ春館にハマったのかを考え「驚き」ともっと知りたいという「不足」が大切なのだという発見に至る。
 主人公が実作のポイントに自ら気づいていくという構成と春館への気持ちを自覚し深めていく流れがシンクロするので、実践的に「マンガの描き方」を展開しつつも淡白に情報を提供するお勉強マンガになっていないのが魅力である。

 というわけで、なかなか興味深く役に立ちそうな実作論が展開される本作だが、この文章のテーマ的におさえておきたいのはもっぱら少年マンガ読者であった主人公の少女マンガに対する偏見である。たとえば、春館が電車の中で少女マンガを読んでいるのをみかけた主人公のリアクションが描かれるのが図1である。

図1:第1巻,p.94(電子版)
電車でマンガを読むことに対するこの感覚。1990年代なかばってこんなものだったかしら?と思うが、当時は自分も高校生だったものの自転車通学だったので照らし合わせる経験の持ち合わせがない。

 「カバーもかけずに フツー読むか まんが!!」というひと言からも分かるように、人前でマンガを読むこと自体を恥じるような自意識を主人公が持っていることがわかるが、男性が少女マンガを読むことはとりわけみっともないことであるように意識されているようだ。
 こうした穂波の価値観の背景には少女マンガへの侮りがあるわけだが、それは春館が読んでいた少女マンガ(実は、その作者は春館とただならぬ関係にある女性だ)に大感動したことでくつがえされてしまう。しかし奮っているのは、その手のひら返しにおいて穂波が開陳する少女マンガへのステレオタイプ的なイメージだ(図2)。


図2:第1巻,pp.104-105(電子版)
母親の大仰なリアクションも秀逸

 「おれは今まで少女まんがに偏見を持っていた」
 「バラの花食って紫の髪の毛の主人公がレースのブラウス来て」
 「フラフラしてるのが少女まんがだと思っていた」

 『ポーの一族』か?『ポーの一族』ディスってんのか??おい???と思わず主人公の胸ぐらつかみたくなるわけだが、このあと少女マンガへの偏見を払拭して真摯に向き合っていくので許してあげてほしい。ここはひとつ。

 さて、心機一転、少女マンガ道を歩むことにした穂波の創作のよすがになっていくのはやはり春館であって、女性読者に受けるためのキャラクターをつかむために彼が参考にされ、そのことを通して穂波はますます春館の魅力を掘り下げていくのである。
 なお、春館の亡父は傭兵である。彼は父に連れられて戦地を転々したいたので銃を持った強盗に襲われても冷静に対処できるし、銃撃されたときの後遺症で片方の目がほとんど見えない。カ、カッコいいキャラを描く上でめちゃくちゃ参考になる……!!

 ともあれ、まとめておくとこの作品でも「男のくせに少女マンガ家なんて」という価値観は息づいているし、少女マンガは女性読者の心を掴むことが肝要であり、それにはなによりカッコいい男性キャラクターということになっている。そして、実体験が作品と響き合うという構図も健在なのである。

 それにしても「男のくせに少女マンガ家なんて」パターン、いったいいつ頃から見られるようになるのだろうか。もっといろいろ読んでいく中ではっきりさせていきたい。
 このマンガでもみかけたよ!という報告もお待ちしております。

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