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マンガの中の少女マンガ/家(11):池田ユキオ『絶望少女漫画家〜右腕アシスタントの黒い欲望〜』


 『ゴミ屋敷とトイプードルと私』でおなじみの池田ユキオによる少女マンガ家もの。面白いです。ぶんか社のウェブ媒体『ストーリーな女たち』の2015年に発売された創刊号から翌年の第10号まで連載されている。
 主人公は落ち目の少女マンガ家・園堂マリエ。人気も落ち込み、辣腕のイケメン編集者・西野(作家には表面的に愛想はいいが裏では冷淡に値踏みをしており「二重人格」と評される)からも見捨てられかけている彼女のところに臨時アシスタントとしてやってきたのが小太りメガネで冴えない女・冴島あいらだ。
 なぜか不遜な態度で作品を容赦なくこきおろし、「その他大勢」のブスキャラをクローズアップするようにアドバイスをする冴島。しかし時間もモチベーションもない中、園堂は冴島のアドバイスに従ってネームを仕上げる。冴島が考えた内容であり、自分の作品ではないことに抵抗を感じる園堂だが、そのネームは編集・西野の手にわたり、好評を受ける。
 実際、冴島の手を借りて描いた作品は読者からも好意的に受け入れられ、人気になっていく。そして、園堂は冴島抜きではマンガが描けない状態となり、次第に彼女に支配されていくことになる……。
 もちろん、冴島には隠された過去があり、自分を苦しめた者への復讐のために園堂に近づいてきたのである。

 まともにマンガを描きもせず出会い系でおこづかいを稼いでいる見た目がかわいいだけのアシスタントが冴島にハメられてクビになる。マンガがヒットした途端に手のひら返しして金を引っ張ろうとする(そして当然ながら他の女もいる)園堂の彼氏が冴島の手の平に転がされて関係を絶たれる。などなど、クズが報いを受けてスカッとする(人任せなのに売れて調子に乗っている園堂が彼氏と分かれるハメになって落ちこんでいるのもスカッとする)展開を重ねつつ、冴島は園堂の周りから他人を排除して孤立させ、自分しか頼るものがない状況へと追い込んでいく。

 後半ではライバル少女マンガ家もあらわれ、園堂の「ラブダイアリー」を人気作に引き上げた冴島を引き抜き、彼女を潰そうとするなど、展開はますますドロドロしていくように見える。ちなみに、引き抜かれて調子づいた冴島は一時的に某サバサバしている人みたいになります。
 しかし、ただドロドロするだけの物語ではないのは、冴島にしろ園堂にしろマンガへの情熱が本物だからである。考えてみれば、出会い系アシスタントにしろクズ彼氏にしろ、冴島が排除する人間は、基本的に園堂の作品を理解しない制作にとっての邪魔者ばかりだ。
 際立つのは、園堂のネームから優れたカットをあえてボツにしてライバルマンガ家に参考としてリーク(信じられないくらいのクズ行為)した編集者に対して怒りをぶちまける場面だ。「あんたに園堂マリエの一番初めの読者になる資格はない」「才能を潰したら許さない!」と吠える冴島の表情、とくにその瞳には真摯な輝きがある。(図1)

図1:ちなみに怒りをぶちまける前に、編集者の頭にお茶をぶちまけています。
(電子版単行本1巻、p.124)


 しかし、ここでただの腹黒いヤバい奴ではないのかも?と思わせておいてページをめくると怪物めいた邪悪な表情で煽ってくる冴島である。(図2)

図2:表情の緩急がすごい(電子版単行本1巻、p.125)

 この振り幅が、冴島の真意がどこにあるのかを曖昧にし、話の先行きを読めないものにしているのだが、最終的にはドロドロ復讐譚よりもマンガに情熱をかけた女達の再生の物語として展開していくことになる。
 冴島と袂をわかったことで園堂は覚醒し、冴島と二人で作った「ラブダイアリー」の連載終了を自ら決め、自身の力による新作へと舵をきる。その決然とした姿は、当初の頼りなさとは別人である。園堂が自らの手を離れ、自らを苦しめた相手ではありつつも密かに思慕を寄せていた西野にも振られ、引き抜かれた先でも能力を発揮できず(人のネームに意見は出せても、自分でネームを描くことができないことに直面する)、しかしマンガへの思いだけは断ち切ることができない冴島。そんな冴島の無様な姿を周囲は笑うが、彼女を引き抜いた小羽鳥は、その必死な姿に感じるものがあり、ともにネームづくりに挑む。マンネリに陥っていた彼女は、冴島とのネームづくりで自らを奮い立たせるのだ。
 作家を容赦なく切り捨てる二重人格編集者だった西野も、冴島にトラウマを負わせることになった自らの過ちに気づき、彼女に謝罪。冴島も当時の自分が力不足だったことを素直に認める。

 このあたりの終盤の展開は実に感動的で、ドロドロレディコミを読んでいたはずが、最終的に泣かされてしまう。その根っこにあるのはマンガへの情熱なのである。これだけドロドロさせてもそこは裏切れないのだな、という清々しい読後感。

 ついついその面白さに筆が走ってしまったが、足早に「少女マンガ家」描写としての特徴を指摘しておくと、「マンネリのラブコメ」からの脱却がテーマになっている点で、これは少女マンガへの典型的なイメージに根ざしていると言えるだろう。また、編集者と少女マンガ家の関係が恋愛、セックスへと発展していくというのも、お馴染みなものと言える。

 ちなみに、池田ユキオは少女マンガ家がドロドロのレディコミ作家に転身する『崖っぷち少女漫画家がレディコミ沼にハマる』という作品でも原作を担当しています(作画は紺ことり)。


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