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【感想】だが、情熱はある 5話

この記事は、ドラマのネタバレを含みます。

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 ドラマチックな人生とは、一体何なんだろうか。誰かの心を動かすような物語。感動的なストーリー。それらは時に私を奮い立たせるけど、大抵の場合「こんな風にはなれないよ」と穿った目で見てしまう。それはきっと、私が"何者でもない"人間だからだろう。

 このドラマだってそうだ。芸人さんという特殊な職業を取り上げているものの、登場人物の人間らしさはまるで感動モノのそれではない。そういうお話なら、人形の手も舐めないだろうし、パンクな見た目やアメフトなどスタイルがコロコロ変わることもないだろう。モテたい一心で芸人になることも、勘違いしたまま芸人になることも。

しかし断っておくが『友情物語』ではないし、サクセスストーリーでもない。そして、ほとんどの人において全く参考にはならない。

 冒頭のナレーションにもあるように、誰かの役に立つドラマではないのだと思う。それでも、"何者かになりたい"と懸命に挑む姿を見て、「このドラマを見てよかった」と感じるのだった。

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 黒ひげを飛ばした方が負けといわれるが、ルール上は「勝ち又は負け」。つまり、勝ち負けはつくがその基準はその場によって定められる。

今、幸せ?

 先輩芸人である谷勝太(藤井隆)が言うこのセリフは、言い換えるなら「今のあなたの勝ち負けの基準はどんなもの?」だろうか。もし人生に勝ち負けがあるなら、一般的に人生の勝ちは幸せが多い方だと思う。でも、勝ち負けは他人の評価基準であるのに対し、幸せは自分の評価基準だ。

面白いって言われて、金稼げて、人気出て、今と真逆な生活、かな…

 先輩の問いに対して、若林(髙橋海人)はそう答える。それでも真逆の、若林にとって理想の生活の中にいるだろう先輩でさえ、彼氏にフラれて泣きわめいてしまう。幸せの基準は、一人ひとりの中にしかないのだ。

 一方で、若林に今の状況をどう思うか聞かれた春日(戸塚純貴)。5話の個人的なハイライトはここ。

春日「あのー、私 どう考えても幸せなんですけど」
若林「今が? どう考えても」
春日「はい」
若林「ずっと考えて、それ」
春日「はい。だからこれからも頑張りたいんですけど
   不幸じゃないと、努力ってできないんですかね
   辞めるにしても続けるにしても、任せます」

 若林が理想とする真逆の生活を、春日は肯定する。幸せだと言う。満たされないから頑張るとするのではなく、満たされた上で頑張ること。これってなかなかできないことだ。でも確かに大切なことなのだ。

 エネルギーがない状態で車が走れないように、人間だって満たされないまま頑張り続けるのは難しい。生物学的なエネルギーだけではなく、心理的なエネルギーも必要なのだ。ネタがスベり続けると無視される感覚、それは誰にも必要とされていないーー満たされない感覚に近い。

 「面白い」って、研究して努力すればいいってものでもないのだと思う。運だって絡んでくる。流行りはコロコロ変わる。
 そんなどうにもならない世界で生きていくには、きっと、それでも一緒にいてくれる人や、それさえ受け止めてくれる人が必要なのだ。

 普通に生きていてもそうだろう。理不尽なことだって起きる世の中を渡るには、その二つの存在が必要なのかもしれない。若林の父・徳義(三石研)にとって、若林の母・知枝(池津祥子)の存在のような。怒りながらも北海道へついていくその関係性は、まさにそれだろう。

 そう考えれば、若林にはその存在がいるのだ。

面白いからです
面白いです 面白くないときも

 クレープを食べながら見てくれるお客さんが、どうして見てくれるのかという若林の問いに対してそう答える。芸人にとって、この言葉はどれほど価値があるんだろう。

 そして春日という相方の存在もいる。ネタも作らないし、上半身裸で野球を見てるし、それでも若林だって春日という存在はどこかで必要なのだ。

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 お涙頂戴の感動的なストーリーはどこにもない。世間一般で言うドラマチックな話とは違うかもしれない。

 けれど確かに、胸を打たれる。参考にならないというお話の中に、何者かになろうとする人の"ドラマチックさ"があるのだ。それは、普通に生きている私たちの中にある懸命さにも通じる。だからこのお話が「天才芸人さんの人生の話」ではなく、私たちの心に訴える「何者かになろうとする話」として届くのだ。

春日「お前、それ本気で言ってんのか?」
若林「本気で思ってたら何年も一緒に漫才してねぇよ」
春日・若林「えへへへへ」

 今のオードリーの源泉はここだったのだと、改めて感じた5話だった。


(余談)この記事を書くときにふと気になって、電車の中でオードリーの漫才を見た。普通に笑ってしまって恥ずかしかった。




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