四十路の初体験 戦慄迷宮編


かれこれ30年の付き合いになる親友と、平日に休みをとって遊ぼうという話になった。

普段であれば我々の「遊ぶ」=「飲む」ということになるので、大抵は都内で映画を見てその感想を喋り散らかしながら2軒ほどハシゴ酒をし酩酊して解散、という流れである。
しかし、せっかくの全休なのでどうせならいつも行かないところに行ってみっか、と。
都内だとお決まりのコースで最終的には飲酒になってしまうのでちょっと遠出してみっか、と。


とりあえずお互いに日帰りバスツアーなどを調べてみた。
今時期はどこもかしこもやたらとシャインマスカットを狩らせようとしてくる。
あとアクアラインを渡って海鮮を食べさせようという気概がすごい。
別にいいんだけどさ〜ぶっちゃけこれらはあと10年後でも出来るよね。
今しか出来ないことがいいよね、いや、あるんか?そんなこと。



「ねえ。富士急、行かん?」


遡ること3日前、鶴の一声であった。
彼女とは20年前にも富士急へ行っている。互いに絶叫マシンが好きで当時はFUJIYAMA目当てだった。彼女はちょくちょく行っているらしいが、私にとってはそれ以来の富士急だ。
価格を見たら、うちらが1日で都内で使う金額より安かった。普段どんだけ飲んでるんだ。
いいね、と返信した次の瞬間には往復バス付きのパスポートが手配された。
こういうことは勢いが大事。思い立ったら吉日。
というわけで、いざ20年ぶりの富士急ハイランドへ!



バスは8:45新宿発。バス旅行なんて久しぶりでワクワクする。
行きのバスの中で朝食のおにぎりを食べながら夢中で実写版ワンピースの話をしていたらすぐに着いた。座ってるだけで着くなんてすごい!

入園したらまず真っ先に「戦慄迷宮」のチケットを買いに行った。
彼女の下調べによると時間指定のチケットが販売され、早めに売り切れてしまうのでまずはそれを押さえてから絶叫に並ぼう、と。
なんせこっちは20年ぶりなので全て仰せのままだ。思う存分絶叫したかったので戦慄迷宮は夕方の回にした。

「実は自分で歩くタイプのお化け屋敷って初めてかもしれん」(つまり自信がない)と私が白状すると、彼女は「ええやん!この歳でまだ初体験が出来るなんて素敵やん!」とアンミカさんみたいなことを言う。それもそうだ。
しかし、彼女の「ええやん!素敵やん!」がのちにあっさり覆されることを、この時はまだ知らない。



しこたま絶叫マシンを堪能し、遅めの昼食をとってからいざ戦慄迷宮へ。
廃病院が舞台となっており、参加者は心許ない明るさの懐中電灯ひとつでゴールを目指す。
係員からは「とにかく走るな」「お化けを攻撃するな」「他のグループと合流するな」等の注意事項の説明を受け、グループごとに恐怖VTRを強制的に見させられる。
この時点で若干の後悔をしつつもう後には退けない。いよいよグループごとにスタートだ。


私たちの前は男子大学生4人グループ、後ろはカップルだった。
私は友人の腕を掴みながらそろそろと進むスタイルをとった。
とにかく順路が暗い。渡された懐中電灯の無能なことよ。オタクの持ってるペンライトの方が何倍も明るい。くそっ……今ここにペンラがあれば……と歯嚙みしながら進む。
暗闇に目を凝らすと全身に注射器がぶっ刺さった人が横たわっていたりする。治療にしては雑すぎる。そりゃ廃業にもなるわ。
先の見えない角でいちいち立ち止まっては「先に行って!」「あんたが先に見て!」の小競り合いが起こる。曲がったら間違いなくそこに「いる」。そういう勘だけはいいんです私。

これから入る人のために詳細は控えるが、途中からはもう「この病院、どうしてこんなことに……」の感情がすごい。天井から患者が吊るされていたり、なろうと思ったってなれないよこんな廃病院に。
散々絶叫マシンを乗った後だが体力だけは自負しているのでひたすら絶叫しまくった。友人ともみくちゃになりながら前に進むもまた絶叫。「キャーッ」ではなく「オ゛ーーーッ」という私の絶叫を感知したApple Watchが「90dBの騒音です。健康を害する可能性があります」と警告してきたがもうとっくに健康を害している気がする。

あまりの恐怖に「マツケンサンバを歌いながら歩けば怖くないかもしれない」と2人でオ〜レ〜オ〜レ〜🎶と涙声で歌いながら進んでいたら思いのほか足取りが軽くなってしまい、前を行く男子大学生グループにサンバのステップで追いついてしまった。
背後から啜り泣くババアのマツケンサンバが迫ってきてよほど不気味だったのか「さ、先に行ってください……」と懇願され、陳謝しながら追い抜いた。

唯一の頼みの綱の懐中電灯は友人が振り回していてほぼ役目を果たしていなかった。あんなに「ええやん!素敵やん!」と連呼していた彼女は開始早々に「これはリタイアした方がいい。賢い人間はみんなそうしている」などと発言していた。
懐中電灯係の任を解き、途中から私が前に立って進むことにした。ひとつひとつ人形なのか人間なのか調べてから進む。この辺りから急に肝が据わってきて感情が凪いでいた。友人に言うと「命の危機に直面すると痛みを感じなくなるのと同じ」と言われた。

絶叫した勢いですぐにダッシュで逃げ出そうとするスプリンタータイプの友人を何度も取り押さえてゴールを目指す。
階段を上ったり降りたりするのでシンプルに体力が要るのもそうだが、同じような場所をぐるぐる回るので「私たちずっと同じところにいる?!」というパニックに陥りそうになる。
ラスト近くになると急に懐中電灯をここで返却しろという指示が出る。あんなに頼りなかった懐中電灯の光も無くなると途端に暗闇が深くなり、前へ進むためには更なる勇気を要する────


かと思いきや、暗過ぎて、なんも見えん。
お化けも仕掛けも、な〜んも見えん。
かろうじて順路の矢印だけはわかる。(そこだけちょっと明るくなってる)
なるほど、これがお化け屋敷における真の四十路の視界か。お化けより恐ろしいもの、それが老い。視機能の低下。
見えないことで急に大胆になった私は友人の手を引いてぐんぐん歩き出した。
とにかくもう早くゴールしたい。
明るい場所に出たい。
あと普通に疲れちゃったし座りたいしトイレに行きたいしビール飲みたい。


そして、クライマックスを経て無事ゴール。
所要時間は約50分。まあまあ優秀な方ではなかろうか。知らんけど。
出口のところで私たちが恐怖に慄いている時の顔を写真に収めたものが売られていた。(悪趣味)
私も彼女も顎外れたんか?てくらい大絶叫していて顔が三倍の長さになっていた。ムンクの叫びって誇張じゃなかったんだぁ。
ひとしきり笑い転げたけどもちろんそんな写真はいらないので買わずに帰路に着いた。



帰りのバスの中ですぐに「人間ってあんなに顔が伸びるんだっていう学びの意味で写真買えばよかったね」と後悔した。しばらく良いネタになっただろう。
ちょっと気になったので90dBの騒音ってどのくらいなんだろうと調べてみたら「至近距離で聞く犬の鳴き声」と出てきた。うるっさ!

私たちはまだまだやれる、その気になれば90dBの鳴き声も出せる、という充足感を胸におとなの遠足は幕を閉じた。







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