ボイスフレンド「僕から君へ」感想

※こちらは、ボイスフレンド「僕から君へ」のネタバレと自己解釈をモリモリに盛り込んだ感想文でございます。
ネタバレを避けたい方はご注意ください。

梅津大先生、エピソード0をください


脚本そのまんま本にして手元に届いてくれないかな、と思うくらい好きな世界観だった。
さらに欲張るならば、なぜそんな世界になったのか、後述する数々の疑問へのアンサーが得られる前日譚的なものも欲しい。
読書でいうところの【マーカーや付箋で印をつけておきたいくらい心に刺さる言葉】が盛りだくさんだったし、今後の人生においてそれらの言葉に背中を押してもらったり、そっと支えてもらったりすることがあるかもしれないなと思った。本になってくれたりしないかしら。

没入感という次元を超えて、「今ここに居るわたしと“僕”」だった


どこか幼ささえ感じさせる無垢な声が、耳に残って離れない。
楽しげに施設内を案内してくれる“僕”は、案内人らしく「足元に気をつけて」と細やかな気遣いを見せてくれたり、「時に迷うのもいいものさ。」と穏やかに包み込むような優しさを見せてくれた。
一見おおらかなように思えるそのひとは、彼自身のモビーディックへの燃え盛る情熱を内に秘めていた。
それを知る頃にはすっかり彼に絆されていたわたしは、「ここから連れ出して欲しい」という彼の頼みに一も二もなく頷いた。
彼が彼の白鯨を見つけられるよう、無事に連れ出した暁にはその門出を祝って美味しいコーヒーをご馳走したいと思った。
他にも外の世界の美味しいもの、美しいものをたくさん、たくさん知っていけばいい。
そう思うと同時に、聞こえてくる声が不自然に途切れて以降、どこか不穏な雰囲気や不安がひたひたと忍び寄ってくるのも感じていた。
「もしかして…」とよぎった考えを振り払いたくて、最初の調子を取り戻そうと努める彼の声に、彼が期待を寄せるその未来に、必死で耳を傾けた。

「そこに『ふたり』という絵本はあるかな」
早く彼を連れて出ていかなければと思いながら、どうしてもその絵本に目を通したくなった。
「ひとりで生まれてきたのに いまは、ふたり」
きっとこの施設にひとりで居た彼は、姿は見えなくても確かにそこに、同じ空間に居た。
「僕は君と出会って、はじめて僕になったんだ」
人が他人と触れ合うことで、初めて己の輪郭を確かめるように。

では、それ以前の“僕”は?

彼が言っていた「禁止事項」のことが頭を過ぎる。
外の世界の真相に辿り着こうとしたその時。彼が外の世界にいよいよ出られる、まさにその時。
音声の激しい乱れの後、プッツリと途切れてしまった声に、もう“僕”はこの世界のどこにも居ないのだと悟った。
きっと、其処にはわたしと出会う前の何かが居るのだろう。
そうしてまた其処へたどり着いてきた誰かに、“前任者”の話をするのかもしれない。
こんなお別れをするくらいなら、ふたりになんてならず、ひとりとひとりのままで居られた方が良かったのかもしれない。
けれど、「君に出会えて本当に良かった」と弾んだ声を否定したくはないし、わたしも彼に出会えて良かったと心から思う。


わたしは、“僕”は何者かに作り出された人工知能のようなものだと解釈した。
それが自らの認識を誤り、脱出を企てたことで何者かに初期化されたのだと思う。
そして、ひょっとしたらそういった事は今回が初めてではなくて、過去に初期化された自分のことを“前任者”として書き換えられているのではないかとさえ思った。
では彼を生み出し、彼にまやかしの知識を与えた何かの正体はなんなのか。
なぜ“あいつら”という架空の敵を彼に与え、あの場所で本を守らせているのか。
“あいつら”がまやかしならば、彼がいる其処は一体何のために、何から本を守っている?
“僕”が世界の真相に気づき、外の世界に出る決心をするところまで予見しておきながら、ついに脱出を果たそうとするその瞬間まで泳がせる理由は。
あんな風に“僕”を終わらせる強制力を持っている存在ならば、初めからそのデータへはアクセス不可能にすることもできそうなのに。
施設の本当の目的は?
考えれば考えるほど分からなくなる、底なし沼のような世界観である。

彼の言葉から、其処がポップコーンもコーヒーも遠い過去の存在になった世界であることは察せられるが、もしもその知識さえも彼に与えられたまやかしなのであれば、きっと外には美味しいもの、美しいものがまだあるはずだ。
いつかまた“僕”に会えたら今度こそ外の大海原に漕ぎ出して、彼のモビーディックを見つけて欲しいと心から思う。

追記

この文章をひとしきり綴った後、アクキーの音声を聴いた。
「“僕”ーーーーーーッッッ!!!!!」と野太く掠れた雄叫びをあげていた。
先の疑問の半分が解消され、全身の毛穴からなんか知らんがダバダバ汗が出ていた。
怖い、梅津瑞樹(敬称略)、怖い。
そして絶対に許さん。

余談


「好きに呼んでくれて良い」と言われたので、彼の幼なげで無垢な印象から「坊や」と呼ばせて頂いておりました。
完全に呼び方を間違えました。息子のような愛着が湧いてきたところで唐突に訪れた残酷な別れに心がついて行かず、我が子を失った親のような喪失感に打ちのめされることになりました。自業自得です。
坊や…戻っておいで坊や…。

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