ベテランCM監督檜山降志の憂愁 ポリコレ編

「お時間お取りしてすいません、檜山先生」

「いや、直接会って話を聞きたいと呼び出したのは私だから。早速だが、私が先月撮影したクリスマスCMに大きな手直しが入るというのはどういう事だね」

「ちょっとですね、内容に関して指摘が入りまして。一部内容を変更して放送する事になったんです」

「指摘ってBPOかな」

「いえ、依頼された企業の経営陣から自主的にです」

「依頼主から。いずれにしても引っ掛かる事柄は無いでしょうに」

「実際に映像をノートPCに入れてお持ちしました。見ながらご説明したいんですけど」

「何か不味い所があるのかい。家族3人が家で仲良くチキンを食べるだけだよ」

「はい。亭主が仕事帰りにチキンを買って帰り、妻と娘が家で出迎え食べる、という内容ですね」

「家族団欒で実に良いじゃないか」

「妻が子どもと家で待ち、亭主が外へ働きに出てる描写はおかしくないかと指摘が入りました」

「何が問題なんだね」

「女は家で亭主を待つものだ、という女性蔑視に当たりますね」

「そんな蔑視の念を込めて作ってないよ。汲み取り方に悪意があるんじゃないか」

「いえ、檜山先生の御意志は関係なくてですね。汲み取る側の感性に対しての配慮です」

「これがごく普通の一般家庭の描写だろ。君もそういう家庭で育っただろう」

「そうですけど、私の家庭環境は関係無いんですよ。このままでは家父長制を引きずった古い価値観の企業とも捉えられ兼ねません」

「では、どういう風に変更するんだね」

「女性と男性の役割を逆にします」

「妻が働きに出掛け、男の方が子供と待つ内容に変えるのか」

「そうです」

「食べるシーン以外ほとんど撮り直しじゃないか。コストと見合ってるのか、それ」

「クレーム対策ですので。同時に価値観の新しい企業ともアピールが出来ます」

「気にする人、居ないと思うけどなぁ」

「あとですね。食べるシーンにもあります」

「食べるシーンにもか。そこは何も問題は無いよ」

「これ、メリークリスマスって書かれたプレートが部屋に飾られてますよね」

「そりゃそうだよ、クリスマス商戦向けなんだから。これの何が問題だね」

「これが炎上するんじゃないかと」

「全然意味が分からんぞ」

「アメリカの件はご存じですか」

「アメリカ?」

「アメリカはメリークリスマスって言えないじゃないですか」

「あぁ、キリスト教のイベントの強制にあたるから、キリスト教徒以外を尊重してハッピーホリデーって言うやつだろ」

「日本もならった方が良いんじゃないかという話になりまして。現代に合わせたリベラルな演出です」

「えぇ本当に言ってるの。大丈夫だって、日本は」

「念には念をです」

「クリスマスやって、翌週に神社行って、家族が死んだら無神論者でも坊さん呼ぶ国だぞ。日本は平気だって」

「経営陣は石橋を叩いて渡りたい様です」

「にしても浸透しないって、ハッピーホリデーは」

「バレンタインやハロウィンでも流行ったんです。テレビでゴリ押せば2年で浸透します」

「どっちも内容ねじ曲がって流行ってるだけだろ」

「なのでコチラ、映像にCGを加え文字を変えました」

「うわ、本当だ。文字変わってる。字数減ったからプレートの余白スッカスカになってる」

「他の指摘はですね」

「まだあるのか」

「家族全員の肌の色ですね」

「どういう事だね」

「ちょっと全員白色に寄ってませんか」

「確かに照明の当たり方で白に寄ってるな」

「登場人物が全員白人なのは、黒人差別にあたります」

「白人じゃないよ、全員黄色人種の日本人だよ」

「白に見えるので、黒人差別と捉えられ兼ねません。大変危険な内容です」

「言った奴連れて来てよ。いっぱい殴るから」

「ポリコレを意識する時代なんです先生。分かって下さい。このまま放送しては、企業がブラック・ライヴズ・マターに反対する気持ちの悪い団体だと思われます」

「色白の日本人を白人とカウントするのも気持ち悪いって」

「なので肌の色を変えます」

「またCGで勝手にやったのね」

「白や黒に偏らず、バランス良く色を配置します」

「人種を色呼ばわりしてるお前も大概だからな」

「妻と夫を白人と黒人に分けます。もちろん女性である妻の方が白人です」

「今の説明の仕方、外ではするなよ」

「数を揃える為に夫は黒人にします。これで平等です」

「数を揃えるってもう1人娘が居るだろ。結局多数が生まれるぞ」

「娘は間をとって灰色にしました」

「居ないって。黒人と白人の間に生まれたからって、全身灰色の娘」

「マジョリティを不必要に生まない為です。分かって下さい」

「娘だけデスラーみたいになってるじゃん」

「石橋を叩いて渡りたいんです」

「もう砕けて形を成してないよ。間を取ってって、絵の具じゃないんだからさ」

「あと妻の体型が細く、夫の体型がたくまし過ぎます。これでは女性が弱い立場と決めつけてると捉えられます。このままではミソジニスト企業だと思われます」

「平均的な体型だよ。どう変えるの」

「妻を肉厚でたくましく。夫をヒョロガリにしました」

「たくましく、ってえぇぇ。妻の首から下が太過ぎるだろ」

「批判を避ける為です」

「もうハルクとか超兄貴とかじゃん。夫はくぼんだ鏡に写った人みたいになってるし」

「他にもあります」

「こんなの粗探しだよ」

「チキンを食べるシーンで父親が娘に対して、彼氏とデートは行かないのか、と聞くシーンがありますね」

「それに対して娘が、お父さんお母さんと一緒が良いの、と言う2秒の会話シーンだろ。ほっこりして良いじゃないか」

「これは娘の性的志向が異性であると父親が勝手に決めつけてる恐ろしい描写です。全ての人間がヘテロセクシュアルであると思い込んでいる企業だと捉えられます。娘がレズビアンであるという配慮が一切されてません」

「娘がレズとかそんな設定無いだろ」

「レズビアンであってもなかなか打ち明けられないものなんです」

「逆に何か言われて嫌だとも言ってないだろ。言ったのか、本人が。そのヘテロクシャルとかいう氷ブレス吐きそうな扱いされるのが嫌だって」

「ヘテロセクシュアルです、先生。ちなみに先生は女性が恋愛対象ですから、先生はヘテロセクシュアルです」

「なんか勝手に決められてる。既存の枠組みを自由にしようって言ってる割には、勝手に枠組み作ってんだよな」

「なのでこの会話シーンを変更します」

「父親の発言を消すのか」

「いえ、発言の内容は変更しません」

「じゃあどうするんだ」

「この様な発言をした父親は罰せられるべきなので、発言の直後に父親自身を消す様に変更します」

「言ってる意味が分からん」

「この発言をした後に父親はこめかみを狙撃されて罰を受けます。きちんと作品内で間違った発言をした者へのケジメを付ければ、寧ろフェミニストからは称賛をされます」

「???????。自分で敵作って自分で私刑して、やらせケンカ動画撮る若者か、お前ら」

「実際に修正版の撮影も終えました」

「本当だ、父親が撃たれて倒れて。って、娘に返り血が飛んでるのに娘笑ってる。こっちのリアクションも変更しろよ」

「娘の発言は問題がありませんので変更無しです」

「部分部分でしか変える気ないのかよ。全体の雰囲気を大事にしろよ。突然のサイコホラーは恐いって。別の苦情が来るよ」

「これでいきます」

「ちょっと待ってくれ。こんな私の意志が入ってない作品に私の名前だけクレジットされるのか。こんな事なら私はこの企画から降ろさせて貰うよ」

「そんな。降りられてしまっては困ります。先生のネームバリューがあるからCMのCMがめざましテレビとかで出来るんです。名前だけでも貸して下さい」

「私を馬鹿にしてるのかね。君が子供の頃から、私はこの業界で結果を積み重ねてきたんだ。自分の歴史に自分で泥を塗る様な事は出来んよ」

「確かに先生の作品は子どもの頃から拝見してます。深い歴史がある方です。ですが今はもう2030年。世相も世論も変わったんです。時代のポリコレに合わせて行くしか仕方がないんです」

「駄目だ、私は私の感性を死ぬまで貫き通す」

「先生……こちらをお渡しになっても駄目でしょうか」

「なんだ、急にアタッシュケースなんか出して………。って、えぇ。スゴイ量の札束。タレントの契約料ぐらいあるじゃん。名前使って全然いいよ」

「ありがとうございます」

こうして無事にハッピーホリデー用のCMは放送され、檜山は正月旅行でハワイへ行けた。

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