鵞鳥湖の夜

鵞鳥湖の夜(2019年:中国・フランス)
監督:ディアオ・イーナン
配給:ブロードメディア・スタジオ
出演:フー・ゴー
  :グイ・ルンメイ
  :リャオ・ファン
  :レジーナ・ワン
  :チー・タオ
 
中国南部のリゾート地で逃避する男と、売春婦の女が出会い、その行方を追う中国新進気鋭の監督によるクライムサスペンスドラマ。降る雨に灯りやネオンが頼りなさげに照らし、香港や上海といった大都会ではない地方都市の社会問題を背景とした、悲しくも逞しさを感じさせる物語。
窃盗団の男はバイク盗みの縄張り争いに端を発した揉め事から逃走中に誤って警察官を射殺してしまった。警察は男に報奨金をかけて行方を追う。男はある計画を元に長い間帰らなかった妻と待ち合わせをするが、やってきたのはリゾート地、鵞鳥湖の売春婦。二人は警察と窃盗団双方に追われながら行く当てのない逃走を始める。
映像は古臭さを感じるが、まぎれもない中国地方都市のリアルを映し出す。再開発の元にかつての街は一新されるが、そこからあぶれた人間は貧困と犯罪が背中合わせに存在する市井で暮らさなければならい。雑然とした街、舗装もされていないぬかるんだ道、いかがわしさと活気が両立する夜市、そこに暮らすごく普通の人々とそこに紛れ込む窃盗団たち。経済発展目覚ましい中国だが、そのひずみは地方都市に押し寄せているように思える。国策も進んでいるようだが、現実はこうだと見せてくれているよう。検閲が厳しい中国でよくこんな映像表現をしたものだと感心する。そのためか、物語と映像がマッチしており、逃避する二人の悲しさ、行き場のない哀れさが静かに積み重なっていく。
リゾート地と言っても鵞鳥湖はいかがわしさ満載のリゾートで再開発にあぶれた者たちが集まり、水辺には「水浴嬢」と呼ばれる売春婦が日の高い内からたむろしているような場所。その「水浴嬢」の一人が逃避に付き合う女。野暮ったいショートカットに表情は乏しく、そんなに痩せた身体で客がとれるのかと心配になるほど。逃避する男と静かに行動を共にし、男の計画に協力している。そんな決して色気も華もない女を、台湾を代表する女優、グイ・ルンメイが存在感をたたえて演じている。某W先生でフィルモグラフィを調べると笑顔が素敵な大輪の花のような女優さんで役との違いに驚く。すごい才能だ。
当てのない逃走を続ける男には理由があり、その理由のために水浴嬢の女に自分の意思を託す。しかし水浴嬢の女にも秘密があり、それが最後に示されるが少しわかりにくい。しかも裏切ったのかそれとも男の言うとおりに従ったのかがちょっと分かりにくい。恐らくは…と思うのだが、語られないので憶測するしかない。
警察と窃盗団双方追われる男の逃避には何か昔の映画に通じるものを感じた。水浴嬢の女が協力を申し出るが、その声が列車の音にかき消される演出も非常に過去の作品と同じ手法を感じる。古典的だが、ストーリーを盛り上げるには有効で、彼女が何を話したのか、その言葉を男が信じたのか、自分には非常に印象的に心に残った。BGMはほぼなく、状況の音のみなので余計な騒音が入らなかったのも好印象。併せて妖しく明滅するレトロを感じさせるネオンの光、広場では古めの曲に蛍光で光る靴を履いて踊る集団、ごみごみした商店など異国感が物語を膨らませてくれる。
ただ、感覚的には蛇足かなと思う演出もあり、よく分からない場面もちらほら。なんで夜ボートに乗って湖に出たのか、なんでこんな状況で二人盛り上がったのか。セリフが少ない分だけ観ている側が推量しなければならないので、「???」となることもある。アクションシーンでは泥臭い銃撃戦や格闘もあるが、ビニール傘を敵の腹に突き刺して血しぶきが開いた傘に飛び散る演出には「ならんやろ」とツッコんでしまった。ビニール傘の主骨は簡単に折れるぞ。さらには死体を囲んで警察がにこやかに記念撮影しているのは何なんだろう。中国の警察は証拠として「私たちが殺りました」と残さなければならんのだろうか。
それら差し引いてもなかなかの力作。随所に監督の才能や工夫、名作への敬意を感じることができる。監督は寡作のクリエイターだが、着実に評価が上げてきているという。お隣の国やウチの国の作品も最近世界的に評価が高まっている。お互い刺激を受け合ってワールドワイに通用する映画を作ってほしい。

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