プッシャー

プッシャー(イギリス:2012年)
製作総指揮:ニコラス・ウィンディング・レフン
監督:ルイス・プリエット
脚本:マシュー・リード
出演:リチャード・コイル
  :ブロンソン・ウェップ
  :アギネス・ディーン
  :メム・フェルダ
  :ズラッコ・リッチ
 
ニコラス・ウィンディング・レフンが駆け出しの頃に、地元デンマークで制作した連作を、舞台をイギリスに移してリメイク。何でもオリジナル版と内容は同じらしいが、映像や音楽などの演出がイギリスっぽい見かけのきらびやかさに満ちながらも、暗くじめっとした人の欲望の陰湿さを感じた。
麻薬の売人とその相棒は危険な橋を渡りつつも、ドラッグを売りさばいて、値切るヤツには引かず、安っぽい娼婦にオランダからブツの密輸を依頼するなど日々シノギを稼いでいた。そんなある日、かつてムショ仲間と語る男から高額の取引を持ち掛けられる。持ち合わせのドラッグが大量にはない売人は世話になっている麻薬組織のボスに、立て替えを依頼。その時今まで貸しの清算を催促される。その場は収め、いざ取引に。しかし警察の捜査が入り、取引は流れ、売人は逃亡。追われた先の池で証拠隠滅のためドラッグを池にばらまいてしまう。拘束されつつも何とか解放された売人は、相棒が裏切ったと思いボコボコにするが、麻薬組織のボスからは貸しの清算を追い込まれてしまう。金を工面しようと売人の奔走が描かれる。
冴えない小悪党の奮闘がもの悲しい。仕事にはきっちりしており、商品の安売りはしない、情には流されないと小売業の手本のような姿勢だが、クズはクズなので、人の気持なんか気にしない、窮地には苦しまぎれを吐く、ブチ切れると見境がなくなるという自己中人間。いくら相棒が下品でチャラくて調子よさすぎと言っても、何も確認せずに裏切られたと頭にキてボコボコにしたシーンではこの男の破滅を感じた。尽くしてくれている女にも自己中で振り廻し、自分の気分の浮き沈みで態度を変える。母親に金の無心をした際にも、この男どれだけ周囲の人に迷惑をかけてたんだろうと想像してしまう。そして一番悲しいのが自分の顧客でもあった老人の末路。ドラッグに手を出す人間には同情しないが、金の取り立てで一番わりを喰わされたのはこの老人だった。その彼の最期に何もできずに立ち尽くして眺めているだけの売人に虫唾が走った。そこからどんどん追い込まれて、更に行動が身勝手になっていくから物語は暗い方向へと突き進んでいく。
売人中心に物語が進み、それぞれの登場人物のキャラクターも際立ってくる。ストリッパーの売人の女はかなり売人に尽くしてはいるのだが、都合のいい女でしかなく、売人の気分次第で適当に扱われる。美人できらびやかでゴージャスな雰囲気のある役者だけにその落差が観ていて辛い。彼女もドラッグを常用しているので共感はできないが、それが心の隙間を埋めようとするためだったらあまりにも悲惨だ。最後に彼女がとった行動だけは、この作品の中で理解ができた。そりゃそうなっても仕方ない。調べると世界的なファッションショーなどで活躍しているモデルの方らしい。そんな人が惜しげもなく裸体を晒すからスゲェな、世の中は。その他菓子作りが好きな麻薬組織のボス、その手下の巨漢の二人、下品な言動しかない売人の相棒等々、出てくる主要人物はクズばっかりなので気分が滅入る。
物語はどんどん憔悴し追い詰められていく売人を描くが、盛り上がりがあるのかと言えばまったくなく、ラストに向かって疾走するような爽快感もない。破滅の一週間を描き、残念な人達の残念な生き方が描かれる。まともな人は救われず、クズな人間は更に救われない。ラストの描き方はこれからの展開を想像させられるものではあったが、きちんと描き切ってほしかったなというのが率直な感想。元の作品ではここから連作になっているらしいが、今作品はどうやらここで終わりのようなので、やはりラストに物足りなさを感じる。
今まで観たニコラス・ウィンディング・レフンの作品のエッセンスは十分感じることはできるが、作中のテクノかハウスかのBGMにあわせて明滅するクラブのシーンは自分好みではない。最近の映画はこういうシーンが多すぎる気がする。時代の先端を行く退廃的な雰囲気を演出しているのだろうけど、ここに尺をとられると観ていて眼が痛い。ドラッグの高揚感も含んでるのかもしれないが、控え気味でお願いしたいんだ。
盛り上がりの乏しさはあるものの、一人の売人の破滅を、時間の経過を追って描いているのは流石ニコラス・ウィンディング・レフンのプロットかと納得させられる。このしっかりとしたプロットがあるからこそ、これに続く良作が生まれるんだろうなと思わせてくれた。この作品を観て、ますます小市民として慎みのある生活を送ろうと思います。

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