変態小説家

変態小説家(2012年:イギリス)
監督:クリスピアン・ミルズ
配給:パインウッド
出演:サイモン・ペッグ
  :クレア・ヒギンズ
  :アマラ・カラン
  :ポール・フリーマン
  :アラン・ドレイク
 
邦題がひどい。変態はないだろう。主人公がワンフレーズで言ったのを切り取ってタイトルにしているみたいだが、正確には妄想や偏執狂の類。強いイギリス色と絶妙な編集と、いいBGMが印象的な低予算ながらも良質なブラックコメディ。
元児童文学作家が犯罪小説を志し、19世紀の殺人鬼について調べていたが、どんどんのめり込み、あたかも自分が殺人鬼に狙われているかの妄想に取りつかれて外出ができなくなってしまった。そんな彼が書いた犯罪小説がアメリカの大物プロデューサーの目に留まり、アポイントを取ってもらえることができたが、外出できない彼には大きな障害が。彼自身の幼少期の体験も相まって迷走していく。
サイモン・ペッグの情けない姿が迫真的。妄想の殺人鬼におびえて自宅に閉じこもり、日々の家事もロクにできていない。薄汚れたロンTにブリーフ一丁という情けない姿で一人格闘し、抵抗武器のナイフは握りしめるあまり手から離すことができなくなるほど。中盤意を決して外出しようとするが、衣類をオーブンで乾かそうとして燃やしてしまい、爆炎で左の髪が禿げあがってしまう始末。幼少時の体験でコインランドリーに恐怖を感じていたが、勢いに任せて乗り込んでも、手順がわからず混乱し、ドタバタで周囲にトラブルを起こして警察に拘束される。本当に冴えない男。演技についてはコメディ色は強くなく、独りよがりの妄想に振り回されているが、演出と音楽で笑えるように換装されており、サイモン・ペッグの演技力の高さを見せつけている。でも、常に緊張感はらんだハイテンションでヒステリックに騒ぎまくるので、観続けるとちょっとしんどい。
監督はクリスピアン・ミルズ。イギリスのサイケロックバンド、クーラ・シェイカーのフロントマン。クーラ・シェイカーは知っていたけど曲を聴いたことがないのが残念。今度聴いてみよう。妄想が暴走する作家の独りよがりの生活を、悲惨にならず、悪意に満ちないようにコミカルに、それでいてちょっとブラックに描いており、なかなかの怪作に仕上げている。シーンの転換も先のシーンからつながりがよく考えられている。作中隠している伏線を後半に丁寧に回収しているのが見事。カメラワーク、シーンのつなぎ方、BGMの選曲、セット・小道具・衣装等々、初監督とは思えない堂々とした作り込みで小品ながら素晴らしい出来。監督自身の父も喜劇映画監督らしいし、母はディズニー映画の名子役。母方の祖父はイギリスの名優、ジョン・ミルズ。芸能一家のアイデンティティが受け継がれている。何でもこの作品はイギリス大手の映画スタジオ、パインウッドが若手作家のため低予算の作品を支援した第1作目らしい。これも興味深い。
物語は後半に大きく動く。コインランドリーでの顛末後、作家とコインランドリーの客だったヒンディー系女性はある警察官が起こした騒動に巻き込まれる。二人とも拘束されるのだが、その警察官との掛け合いには笑ってしまう。80年代のスウェーデンのハードロックバンド、ヨーロッパのファイナルカウントダウンの使い方には爆笑してしまった。その後珍妙な駆け引きと説得が続き、物語は終演に向かうが、きれいに伏線を回収する。自身の絵本作品のハリネズミのストーリーを語り、悲しみから希望につなげて説得するシーンもなかなか考えさせられた。
ヒンディー系女性と恋人となるのは少しご都合主義的なところがあるが、二人の掛け合いはほほえましい。近年白人系以外の俳優の活躍が目覚ましいのでこれからは東西広く作品を観たいと思った。脇を固めるキャストも演技力が高い。
セットの移動が少なく、登場人物も限られ、大きなストーリーの転換が少ない作品だが、アイデアとセンスと演出にこだわって作り上げた作品。サイモン・ペッグの動き回る派手な演技に観る方も労力を使うが、観終わると不思議な満足感があった作品。ちょっとしたフィットネスみたい。それにしても邦題はなんとかならんか。

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