グランド・ブダペスト・ホテル

グランド・ブダペスト・ホテル(2014年:アメリカ・ドイツ)
監督:ウェス・アンダーソン
配給:20世紀FOX
出演:レイフ・ファインズ
  :トニー・レヴァロ
  :ジュード・ロウ
  :F・マーリー・エイブラハム
  :テイルダ・スウィントン

まさにオールキャスト。一人でも主演を張れる俳優たちが、それぞれの個性を活かして繰り広げるサスペンスコメディ。軽快なテンポと考えつくされた間合い、センスが光るきらびやかなセット、衣装や小道具類と映画の楽しさが詰まった作品。
東欧のある国の偉大な作家が、今はさびれた古ホテルの老オーナーから伝え聞いた話。かつて大戦前に栄華を誇ったそのグランド・ブダペスト・ホテルの名物コンシェルジュが辿った数奇な人生とホテルのベルボーイだった老オーナーとの奇妙な関係を描く。
のっけからウェス・アンダーソン節がさく裂する。アンティークなおもちゃ箱のような独特な世界を作り出し、その中で奇妙で個性的でどこか抜けているアクの強いキャストがドタバタとひしめき合ったかと思うと、時折差し込まれる妙な静けさ。その様子を冷めた第三者の目で見るかのような俯瞰したカメラワーク。それぞれ俳優たちの過剰気味な演技をコメディに落とし込む手法は見事としか言いようがない。セットも美麗で風景もよく考えられている。ホテルエントランスの山岳鉄道、トラムを追跡する古いタイプのモーターサイクル、爆走するオールドカーのタクシーなどの機械類もセンスの良さがあふれている。
前述した通りキャストが豪華。優雅な振る舞いで完璧な差配だが俗物の名物コンシェルジュのレイフ・ファインズを筆頭に、その薫陶を受け振り回されつつも陰ながら助けるベルボーイのトニー・レヴァロ。コンシェルジェと関係を持っていた老マダムのテイルダ・スウィントンの老成感は他の作品では見られない。マダムの息子役のエイドリアン・ブロディのキレっぷりや、その手下の私立探偵役ウィレム・デフォーはやっぱり悪人が似合う。スキンヘッドで入れ墨だらけの受刑者のボス、ハーヴェイ・カイテルなど一瞬誰か分からなかった。その他、軍服姿が凛々しいエドワードノートン、監督の盟友であるオーウェン・ウィルソンなどなど、これでもかと盛りだくさんに楽しませてくれる。
個人的には初見のシアーシャ・ローナンの瑞々しい美しさが印象に残った。右頬に大きな痣があるお菓子職人でベルボーイの恋人役だが、なかなか大胆で行動力のある女性を演じていた。フィルモグラフィを調べると数々の賞を受賞している若手なのでこれからの活躍が楽しみ。
ストーリー中盤からはコンシェルジェが様々な人物の協力を得てある事件を追っていく。その中である組織の力を使うのだが、自分はこういった武力を伴わない職能者の横の連携による組織の活躍が好きだ。真の強さとは武力では決してなく、こういう人と人との連帯だと思う。
色とりどりのセットや衣装を背景にして、所々暗く悲しい時代も映し出しているのも印象的。ベルボーイは戦争で孤児になり故郷の国から移民となる。たどり着いた東欧の国ではファシズムが台頭しつつあり、彼は移民ということで軍に拘束されそうになったり、ファシズムが去った後には共産主義が支配し、グランド・ブダペスト・ホテルを残して他の財産は国有化されたりと非情な歴史の波に飲み込まれてきたのも悲しい。そしてコンシェルジェやベルボーイとその妻の幸福も長くは続かなかったのも、人生の無常を感じた。
作中に色とりどりの世界を魅せつつも、人生の楽しさと悲しさを織りなす寓話めいた作品。コンシェルジェとベルボーイの話を、作家がホテルのオーナーだが年老いて孤独になったかつてのベルボーイから聞き、その小説を現在作家の墓の前で女性が読むという階層的な演出をとっている。物語が受け継がれていくという静かな余韻があり、大人のおとぎ話のようだった。

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