グランドマスター

グランドマスター(2013:中国香港)
配給:ギャガ株式会社
監督:ウォン・カーウァイ
出演:トニー・レオン
  :チャン・ツィイー
  :チャン・チェン

激動の中国大陸を舞台に拳法家たちの美しくも悲しい人生を描いた作品。映像の美しさもさることながら、アクションが実在の拳法に基づいて面白い。
ウォン・カーウァイ作品なので映像を楽しむ作品。その昔「ブエノスアイレス」を観たことがある。映像はきれいだが、ストーリーが難しくわからなかった記憶がある。何かで観たこの作品の予告が非常に面白かったので新作DVDで観た。
中国拳法には南北に大きな系統があるのでそこを理解しておくと、この作品に入りやすい。北の拳法の宗師(グランドマスター)が南の詠春拳(えいしゅんけん)の達人に流派統一を目指した代表試合を申し込むことからストーリーは始まる。が、戦争が始まり拳法家たちの境遇は大きく変化して、師への裏切り、娘の復讐、恋愛にはならない男女の切ない関係性が描かれる。
とにかく映像演出が美麗。艶やかに着飾った女たちが見つめるきらびやかな妓楼、明滅する灯りの下の吹雪のプラットフォーム、土砂降りのノスタルジックな街並み。そこで繰り広げられる緩急つけた死闘。雨粒一つ一つの表現、飛び散る血飛沫、風に舞う粉雪、宙に揺らぐ紫煙等々、映像美に惹き込まれていく。どのシーンを切り取っても映像の美麗さは楽しめる。
内容はほぼチャン・ツィイーのドラマ。彼女の使う八卦掌(はっけしょう)は円環を基本とし、攻撃をかわす、受け流す、転じて開いた手での打撃やアクロバティックな動きは舞踊のように美しい。アジア的な内面を醸し出す演技で凛とした表情がいい。大きな瞳の整った大陸的な美しさではあるが、どこか儚げな大輪の花を思わせる。美しい花であるが故に、いつかは散る運命を感じさせる。
チャン・チェンの土砂降りの中の格闘シーンもいい。短刀を持った多勢に対して、使うのは日本でも有名な八極拳(はっきょくけん)。肘や肩、背中等を使った一撃必殺の拳法だが、実は同時に劈掛拳(ひかけん)も使っているところは芸が細かい。間合いが遠ければ劈掛拳で撹乱し、近づけば八極拳で強撃するという、好きな人にはたまらないシーン。「八極と劈掛を共に学べば神でさえ恐れる」という言葉を言いたい。
残念なのは主役トニー・レオンの存在感が薄い。詠春拳を使い圧倒的な強さだが、同じ役を演じたドニー・イェンの印象が強すぎて、詠春拳独特の早く鋭い打撃が感じられない。チャン・ツィイーとの対面シーンでの表情が優しさや愛情、惜別の感情が何とも言えない表情に出ていて、顔や間の演技で見せてくれているので、アクション向きの俳優ではないと思う。
八極拳の使い手が大きく話にかかわらないのもさらに残念。逃亡先でのその後も描くが、ストーリーにはまったく関係が無い。運命に抗った者として登場させたのだろうが、無理やり感が否めない。日本で人気のある拳法だけにもっと活躍が観たかった。
映像表現と心理面にクローズアップしているのでストーリーが非常にわかりにくい。戦いの前後も説明不足なのでいきなり感が目立つ。例えや概念の会話が多く、何の話をしているのかわからないこともある。終盤は何がどうしてこうなったと思わされる。字幕落ちでの説明もなんだかなぁと非常に残念な気持ちになる。特に最後の帯の話は冒頭に持ってきた方がよかったのでは?と思わされる。
その後、詠春拳が香港に伝わり数多くの門人が育つが、その一人がブルース・リーである。古いものから新しいものへ移り変わりが早い現代でも、何かを伝えていくことの大切を意味していると思う。古流の拳法が新しく一流を興したブルース・リーへつながることで、すべてのものが誰かに受け継がれて新しくなることの連続性を感じた。

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