アス

アス(2019年:アメリカ)
監督:ジョーダン・ピール
配給:ユニバーサル・ピクチャーズ
出演:ルピタ・ニョンゴ
  :ウィンストン・デューク
  :シャハディ・ライト・ジョセフ
  :エヴァン・アレックス
 
世間に自分と同じ顔の人物が三人いるらしいが、その中の一人と出会う確率は0.1%らしい。自分と家族に同じ顔の謎の人たちが襲いかかってくる非常に不気味なサイコホラー。
主人公の女性は幼少時代、浜辺の遊園地にあるミラーハウスで自分と同じ顔をした少女に遭遇したことがある。一時心的外傷を抱えたが、現在夫と娘と息子に恵まれ家庭を築いている。夏の休暇に再びあの浜辺近くの別荘で過ごしていたが、その夜彼らと同じ顔をした赤い服の集団に遭遇。彼らは大きな鋏を振りかざし襲い掛かってくるが、いったい彼らは何者なのか。そして主人公女性の心的外傷の原因とは何か。事件を通じて謎が解き明かされていく。
主人公のルピタ・ニョンゴの演技が素晴らしい。黒人女性(言っていいよね?)特有のしなやかな立ち振る舞いで演技一つ一つが美しく見える。恐怖におびえた表情から眼を見開いて怪異に対する力強さ。さすがと思わされた。そしてその対する怪異も同じルピタ・ニョンゴ。しゃがれた声で主人公に隠喩めいた恨みををぶつけて不敵にほほ笑む顔には凄まじい恐怖を感じた。ここまで幅の広い演技ができるとは、これまたすごい才能が現れたと驚嘆する。彼女たちは鏡のような表裏一体の存在なのだが、それにも大きな謎が隠されていて、ラストシーンではその謎がこれからどうなるのかといった不安を感じさせられてなかなかの見ごたえがあった。
その怪異が家族全員と同じ顔をしているというのが不気味。そして斬新なのが、その怪異はありがちな不死身ではなく、ダメージも負えば血も流す。反撃すると死んでしまう人間であること。彼らはまともな会話ができず叫ぶような声を発し、完全に喜怒哀楽の感情は崩壊している存在。自身の死の間際でもケラケラ笑っているのが恐怖をあおる。そんな彼らに何者だと問うと「アメリカ人」と答えるという不可解な事実。怪異の中で主人公の影ともいう存在しかコミュニケーションが取れないこと。大きな伏線でもある。
序盤にちりばめた伏線を細かく回収しているのも非常に作りこまれて面白い。一家の父が家族内緒で購入した中古ボートの船外機のクセを活かした反撃はなるほどと唸ったし、車中の会話で政府の陰謀論が出てくるのも大きな伏線に感じた。ビーチで男が持つプラカードに「エレミヤ書11章11節」の内容も大きな伏線だった。そして主人公が心的外傷でしゃべることができなくなっていたこととその影がしゃがれて声なのも大きな結びつきがあり、ラストで示唆されたときは恐怖の余白を感じて非常にいいエンディングだった。
ただ疑問が残る個所は数か所。怪異たちの目的がよく分からなかったし、なぜ怪異たちが反れぞの姿形が同じ人物を狙うのか、そしてなぜ魂が引かれ合うのかがよく分からない。そして怪異が作られた理由。そこら辺はホラーなので細かい説明は必要ないのかもしれないが、リアリティある恐怖を与える存在なのでもっと細かく説明が欲しかった気がする。
なんでも監督は、今我々が特別な存在であるという思い込みを批判し、怪異という存在を通じてその特別を受けることができない人たちを表現しているということらしい。そこを考えると潜在的にマイノリティへの差別があるアメリカという国への批判として受け取ることができる。主人公の影が自分たちを「アメリカ人」と答えた理由もここで理解ができる。
近年ホラー映画界隈が元気である。新しい才能の出現に過去作のリメイク、パンデミックを原因としたゾンビの再流行となかなか話題が豊富である。そんな中でこの作品は異彩を放っており野心的かつ、かつてのホラー映画へのリスペクトが感じられる。自分の中では今後注目の監督の一人になった。

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