シリウスの道

シリウスの道(2008年:日本)
監督:石橋冠
原作:藤原伊織
出演:内野聖陽
  :真矢みき
  :寺島進
  :大塚寧々
  :白竜
 
大手広告企業に勤める主人公が挑む、大手電機メーカーの広告コンペの裏側とその陰に現れるかつての幼なじみたちとの邂逅を切なく、そして優しさに満ちた演出で描いたヒューマンドラマサスペンス。原作者の藤原伊織は政府とズブズ…良好な関係を持つ大手広告企業に長年勤めていた経歴を持つ。
主人公が勤める広告企業の支局に大手電機メーカーから新規事業参入に関する広告コンペの依頼が舞い込む。大手電機メーカーは別支局と取引関係であったため憶測を生み、社内には不穏な空気が流れる。そんな主人公は依頼先の常務から呼び出しを受ける。彼の妻はかつて主人公の幼なじみだった。主人公は彼の妻への中傷文の送り主を疑われるが疑いは解かれる。そしてもう一人の幼なじみの男の存在が浮かび上がる。主人公は広告コンペともう一人の幼なじみの捜索に動き出すが、同時に自社内で広告コンペに対して内偵や妨害などの支障が次々と発覚する。
藤原伊織の原作らしく、それぞれの登場人物から愛情を感じる。演技力の確かな俳優が、ごく普遍ながらも苦悩を抱えつつも日々にいそしむ姿をよく表現している。150分超の作品でもこのキャスティングはもったいないくらい短く感じる。濃密な人間関係を優しい視点で捉えて、広告という先端の仕事に邁進する広告チームや時代の暗部であるリストラを被った末端の人々をリアルに描き出している。
主人公の広告会社の副部長役は内野聖陽。本名の読みが自分の名前の読みに一部かかるので勝手に親近感を抱いている俳優。社内では実力がありながら、否のある上役には異を唱えるため出世が遅れている人物。一匹狼気質で誰にも従うことはないが、その大きい存在感で社員の間では信頼されている。いや盛りすぎだろ。チームワーク重視の会社でこんな人物なんか居づらいはず。それで人望があるなんて嘘だ。でも藤原伊織作品はこんな人物が主役に座るので仕方がない。ボサボサの髪に無精ひげにヨレヨレの上下。ギロッとした鋭い眼光に力を感じる。社内の不条理に敢然と立ち向かい、後輩の若手を叱責しつつ鼓舞して、派遣のOLをかばう優しさもあり、こんなサラリーマンになりたかったなと憧れを感じた。しかしそんな彼にも悲しい忘れられない過去がある。
その彼が関わる人たちが魅力的。中学生の頃に別れた友二人の現在を寺島進と大塚寧々が演じる。二人とも東京に住んでいるが、主役との出会いは決して旧交を温めるものではなかった。それぞれが苦しみを抱え、お互いに愛憎が入り乱れる悲しい関係を静かに描いている。主人公を信じる真矢みきの部長は、離婚して娘の親権を認められなかった出来事に見舞われた。彼女は主役に信頼以上のものを感じているが、簡単に男女の仲ならないのが藤原伊織作品。その他気が強く仕事ができる派遣OL栗山千明が演じているが、なるほど存在感があり若手らしい溌溂とした演技を見せていた。
その中で多分ファンが一番喜ぶくすぐり、「Bar吾兵衛」が登場。藤原伊織作品の一つ「テロリストのパラソル」の主役が隠れ営んでいたバー。その主役はそののち亡くなったらしいが、その後を引き継いだのが、同作品に登場する元マル暴刑事のインテリヤクザ。そのキャラクターは非常に魅力的でヤクザというあこぎな生業ながら、決して卑俗ではない好人物。その役を白竜が演じている。物静かな佇まいでサングラスの下の眼光は鋭いが、暴力の威圧だけでない知的な雰囲気を漂わせ、なかなか納得できる配役。ピアノを弾くシーンがあるが、確かこの人ミュージシャン出身だったからもしかして弾いているのかな。
所々原作と異なるシーンや演出があり、それがあまりにもTVドラマっぽいのが難点。主要三人の設定も少々省いており、その代わり違う設定が加わっているので無理が生じている。省かれたシーンや設定は原作ではあまりにも小説的だが、作中は少々突飛な気がする。難しいな、小説が原作なのは。彼ら三人がある事件の後どのように別れ、その後があり、そしてなぜ東京で邂逅しなければならないのか、その辺をもっと詳しく描いて欲しかった。
一部広告業界を知る人からこの原作は実際の業界との相違が多いと苦言を呈されているが、平成の華やかなムーブメントを作り出す先端の仕事の雰囲気は、若き日にその時代を生きた者からすれば憧れを映し出しあの日々を思い出すことができる。そしてリストラの脅威はその憂き目を喰らった者からすれば苦い記憶を思い起こされる。しかしこの作品の根底にある優しさは彼方へと行ってしまったあの時代を静かに思い起こさせてくれた。

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