裏切りのサーカス

裏切りのサーカス(2011年:イギリス・フランス・ドイツ)
監督:トーマス・アルフレッドソン
配給:スタジオカナルUK
出演:ゲイリー・オールドマン
  :ベネディクト・カンバーバッチ
  :トム・ハーディ
  :トビー・ジョーンズ
  :コリン・ファース

こういう重厚なエスピオナージ(諜報)ムービーを探していた。名も実もある役者がキャスティングされているとなれば期待値も上がる。東西冷戦下の英国とソ連のスパイ合戦を描いた作品。原作者のジョン・ル・カレは実際英国情報部MI6に所属していたスパイ。
東西冷戦の最中、欧州での情報戦最前線は英国だった。英国情報部、通称「サーカス」はソ連からの二重スパイ「もぐら」が潜入していることを察知。情報を得ようとブダペストへスパイを派遣するが失敗。スパイは射殺されたという。そしてリーダーとその右腕だった主人公は情報部を去ることとなるが、それさえも陰謀の始まりだった。
主人公はゲイリー・オールドマン。説明不要の名優。英国情報部の腕利きスパイかつ幹部であるが、作戦失敗の責任を取り、リーダーとともに情報部を追われた。妻は不倫中で家出しており、孤独な日々を囲っている。大きな黒縁眼鏡に整えられた髪型、スキのない上下の着こなし。それでいて顔に刻まれた苦悩に満ちたしわと、加齢から立ち上がりにヨロヨロとする弱々しさを感じさせる。これが本当のゲイリー・オールドマンではないのだろうが、あたかもこの主人公が現実に存在する説得力を見せつけている。ゲイリー・オールドマンは映画で見るとはっきり認識できるのだが、後から姿形、顔や表情を思い出そうとしても思い出せない。印象に残らないわけではなく、印象に残りすぎるから本人の顔が覚えられないという、一種の領域に到達していると俳優と思う。
脇を固めるのも名優ぞろい。主人公の相棒はベネディクト・カンバーバッチ。若々しさもあり、イケイケの雰囲気もあるが、実をいうと人に言えない影もある。表情が一番豊かだった。機密を持ち出すシーンは何とも言えない緊張があり、非常にスリリングだった。
トム・ハーディは汚れ専門。功名心と情愛から本来は許されない行動をとってしまい、英国とソ連から追われる立場となる。トム・ハーディのタフな風貌が実働部隊によく似合っていた。
二重スパイ「もぐら」と疑われているのは5人の幹部たち。エリート上がりのテイラー(仕立屋)、武闘派のソルジャー(兵士)、かつてリーダーに恩のあるプアマン(貧乏人)、そのリーダーを追い落とした張本人のティンカー(鍵掛け屋)、そして主人公も含まれている。この5人それぞれにパーソナリティがあり、誰もが疑わしく思える。
複雑な相関を交えながらストーリーは進むが、難解すぎて理解するのが非常に困難。実を言うと一回目は何度も再生を停止して情報を整理して、もう一度見返してやっと理解ができた。人物を深く語らないので、無駄な展開は少ないが、重要なことをサラッと見せてしまうので理解が置いてけぼりになってしまう。それだけ重厚な相関関係なのだが、男性同士の愛憎もあるので更にややこしい。某少女ギャグマンガに出てくる長い黒髪の青いアイシャドウを入れた少佐を思い出した。英国のエリート層には多いらしいが…。ごめん、分からん。
そして敵としてソ連情報部「モスクワ・センター」が言及されるが、そのトップであるカーラの存在。画面には現れないのに、サーカスの面々を振り回す存在感が不気味。主人公との因縁はこの物語の核となっている。
70年代の英国の緊張感が現れており、東西の対立もさることながら、「もぐら」が道徳的かつ審美的に東側の体制を選んだという発言には西の資本主義・自由主義の限界も感じさせられる。現在社会主義・共産主義国家は形骸化しているが、決して資本主義が勝利したのではないと考えれば、人間にとって望ましい国家体制とはどのようなものかと思う。
重層的なストーリーと名優による確かな演技。決して饒舌に語ることはないが、寡黙が雄弁に語る。伏線も数々あり、見返すと納得のシーンも多い。情報によればキャッシュカードの明細や壁に掛けられた絵画などなかなか精神的に来る鍵もあり、理解して観ると疑問が次々と氷解する。二度見返すことができる作品だった。

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