ゴーン・ベイビー・ゴーン

ゴーン・ベイビー・ゴーン(2007年:アメリカ)
監督:ベン・アフレック
配給:ミラマックス
出演:ケイシー・アフレック
  :ミシェル・モナハン
  :モーガン・フリーマン
  :エド・ハリス
  :エイミー・ライアン
 
俳優としてもキャリアのあるベン・アフレックが初監督を務めた作品。現代の社会問題を鋭く映し出した、堂々とした内容で今後の監督としてのキャリアが楽しみ。原作はデニス・レヘインの「私立探偵パトリック&アンジー」シリーズ。
主演は監督の弟、ケイシー・アフレック。ボストンの貧しい地域で夜逃げ者専門の探偵業を営んでいる。4歳の女児が行方不明となり、その叔父夫婦から捜査の依頼を受ける。女児の母親は問題だらけで事件当日も遊び歩いているような人間。探偵は公私ともにパートナーの彼女と共に捜査を始める。
ボストンの街を舞台に捜査が進むが、派手なアクションはなく、一つ一つのシーン、展開を丁寧に作っている印象を受けた。それぞれの登場人物が苦悩や憤りを抱えており、それはアメリカの病んだ世相に対しての、監督の怒りが静かににじみ出ているようだった。主要な登場人物はが正しいことを成すために、法を犯す行為をしており、正義とは何か、悪とは何かとテーゼを突き付けられる。特にラストは賛否(特に否)が沸き上がっているようで、人間の本質は変わらない、だから悲劇はなくならないと痛烈なメッセージを感じた。自分も何が正しいのか判断ができない。
ケイシー・アフレックとミシェル・モナハンの探偵コンビが捜査していく演出が新鮮だった。ケイシー・アフレック演じる探偵は地元出身の実直な性格で、警察にもギャングにも顔が利き、友人も彼のためなら情報を提供するという周囲から信頼されている人物。若く見えるので舐められることもあるが、粘り強くタフで危険の中に飛び込んでいく勇気もある。そのパートナー役のミシェル・モナハンは探偵の良き相棒としてお互いを信頼しているが、自分の意思も主張する芯の強さをよく演じていた。この二人のラストは意外で、この作品の重い余韻の一つでもある。
警察側には捜査を統括する警部にモーガン・フリーマン。重厚な演技で子供への犯罪を憎む姿が描かれているが、彼にはそれだけ憎む理由がある。そして女児の確保に向けて違法な捜査を容認し、その責任を負って辞職するのだが、その背後にも理由がある。探偵に人の善性を説いても、元とはいえ法の執行者が法を犯すのは、どんな理由があっても自分は同意することができなかった。恫喝するように諭す演技は一言一言に重みがある。そしてその直下にはエド・ハリスが、これまた善でも悪でもない、自身のモラルに従う、たたき上げの刑事を演じていた。悪人面なんだけど画に説得力が出る俳優。それらキャストが豪華なので、役の主張が強い気もするが、監督はこれらをうまくまとめている。
ただ後から考えてみると、女児誘拐を隠蔽、その背後にある秘密を守るために人が死ななければならないのは必要ないのではないか。それもこれもきちんと法に則って女児を保護すればここまでややこしい事件にならなくても済んだと思うし、犯人たちは危ない橋を渡らなくても済んだはず。子供への虐待は日米問わず根深いが、それに対処する機関は必ずあるし、そこまで無能な組織ではない。報道ではセンセーショナルに取り上げられるが、その陰には救われた子供たちもたくさんいるので、それも報道してほしいもの。
病んだアメリカの民衆を代表する女児の母のエイミー・ライアンが非常にリアルを感じさせるのもよい。いかにもジャンキーで男漁りの好きなどうしようもない女性だが、中盤には本当に女児が行方不明になって不安を隠せなくなっていく演技が悲痛だった。しかし、それも最後には残念な結果になるのは監督による痛烈な現実描写と皮肉だろう。
ベン・アフレックの初監督作品だが、ハードな内容で重厚な人間関係を描き、今後の作品が期待できる内容。決して派手なアクションや華々しいヒロイズムはない。人に注目して、正義への信念と悪意に対する登場人物の行動を非常によく表現している。バッドエンドに近い鬱ムービーかもしれないが、なかなかの良作。今後監督業に力を入れてほしいと願う。

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