うす焼きせんべいプチと山田の店

ブルボンプチシリーズが発売25周年らしい。

私が小遣いをもらって買い物が出来るようになった年とブルボンプチシリーズの発売はほとんど同じだ。初めてブルボンプチシリーズのCMを見たときの衝撃と言ったら無かった。あのポテチが、あのクッキーが小さくなって筒に入っているのである。なんてカッコイイ!プチシリーズはいくつも種類があって、カラフルな筒が虹の如くCMの中で躍っていた。きっとどれもキラキラして美味しいに違いない。

食べ物消しゴムやシルバニアファミリーのようなミニチュアに憧れていた当時の自分はプチシリーズに魅了された。自分の故郷は車がないと何も出来ないハイパー田舎であったが、子供の徒歩だけで行ける店が一軒だけあった。それが山田商店、通称山田の店である。小学校3年生までは自転車に乗ってはならないというルールがあったため、低学年の子供がお金を使えるのは山田の店くらいであった。

本当はもっと品揃えが豊富だったかもしれないが、自分の中の山田の店の記憶は、殆どお菓子と文具コーナーだ。カロリーメイトとたけのこの里、コーンポタージュスナック。どれも美味しいけれど、代わり映えのしない棚だった。

そこにある日、プチシリーズが綺羅星の如く参戦してきたのである。紙の箱の側面に書かれたプチの文字とCMの通りのカッコイイ筒を見つけた瞬間、こんな田舎にもプチが来るんだ!最高だ!と大興奮した記憶がある。サーカスが街にやってきた!くらいのテンションである。私ははやる気持ちを抑えきれず、小走りでプチと対面した。

うす焼きせんべいプチである。

…………?

もう一度見たが、何度見てもうす焼きせんべいプチであった。

………………。

うす焼き?え?せんべい?クッキーは?ポテチは?そんなやつCMにいた?なんで?あんなに種類があるのにどうしてこれなの?

その時私は「やっぱり田舎だからうす焼き煎餅しかないんだ」と強く思った。きらびやかなクッキーやポテチは都会のお店にしか置いていないのだとガッカリしながら、私はうす焼き煎餅を買った。だって憧れだから。プチシリーズをどうしても食べてみたかったから。

食べたのは家に帰ってからか、隣の公園か、それとも友達の家だったか。場所の記憶はないけれど、筒から煎餅を取り出した時のことは覚えている。筒の頭を開けて、透明トレーに並んだ煎餅を引っ張り出した瞬間「これがプチかー!!」と大興奮した。しかし内心「これがポテチだったら…クッキーだったらどんなによかったろう」「何か間違ってるんじゃないか」という気持ちが消えることが無かった。勿論うす焼きせんべいは美味しかったのだが、最後の一枚まで複雑な気持ちが消えることは無かった。

それから六年生になるまで山田の店に通ったが、うす焼きせんべい以外のプチシリーズが仕入れられることは無かった。なんでだよ。私はうす焼きせんべいを見つけては買うことを繰り返し続けた。いつかチョコチップクッキーやコンソメポテトプチが仕入れられると信じて、うす焼きせんべいプチを買い続けた。うす焼きせんべいの先に憧れのポテチがあるような気がしていた。

しかし、いつまでも黄色いあいつは山田の店の棚に居続けた。

山田のばあさんは決して古い人間では無く、ポケモンブーム時はポケモンの食玩を積極的に仕入れていたし、夏は花火、冬はチロルの冬ちょこが棚に並んでいた。そんな山田のばあさんがうす焼きせんべいしか仕入れないのだから、この地区ではうす焼き煎餅しか販売出来なかったのだろう。おそらく。なんか、わかんないけど。

もう店も無いし、山田のばあさんも亡くなってしまったので真意を聞くことはできない。ばあさんの好みなのか、田舎への圧力なのか、何の意味もないのか分からない。ただ私はうす焼き煎餅以外のプチをすんなり買えない身体になってしまった。

情なんて無いはずなのに、うす焼き煎餅プチを目で追うようになっていた。いつからかポテチもクッキーも目に入らなくなった。真っ先にうす焼き煎餅プチを探すようになった。

高校生となり行動範囲が飛躍的に広がり、スーパーやKIOSKで改めてうす焼き煎餅プチの存在感の無さを知った。プチシリーズの真ん中にいるのはチョコチップクッキーやポテチだった。自分以外の人間はうす焼き煎餅プチを買わなかった。周りの人間は誰もうす焼きせんべいに目もくれなかった。そもそもプチシリーズを買わなくなっていた。

売れなくなった商品はこの世からすんなり消えてしまうと知ったのは大学生になってからだ。思い出したようにうす焼き煎餅プチを買うけれど、小学生の自分がうす焼き煎餅に向けた冷たい感情を思い出して胸が苦しくなる。私は贖罪でお菓子を選んでいるのだろうか。一番好きな訳じゃないけど、居なくならないで欲しい、というのは勝手だろうか。

更に時が流れプチシリーズも25周年。仕事の入り時間を間違えてしまい、時間つぶしに寄ったドラッグストアのお菓子コーナーできらびやかな鬼滅の刃パッケージが目に入った。プチシリーズと鬼滅のコラボだ。映画のDVDが販売されたからだろうか。

不意に目を向けると

我妻善逸くんが

あの鬼滅の刃人気投票第一位の善逸くんが

画像1
善逸くん

う、うす焼きせんべいの…

うす焼きの

パッケージに……

あ………

えっっ……こんな……

うす焼き煎餅がカッコイイ!!!

すごい!!

うす焼き煎餅のことを「地味で目立たないアイツ」だと思いこんでいたのは自分だけだったんだ。うす焼き煎餅は愛されていた。うす焼き煎餅は華やかだった。うす焼き煎餅はどうしようもないクソ田舎だから山田の店に売られていた訳じゃなかった。

うす焼き煎餅への複雑な感情が一気に解きほぐされていった。私の足はレジに向かっていた。こんなに晴れやかな気持ちでうす焼きせんべいを購入したのは初めてのことだ。

帰宅して早速一枚食べてみる。薄くて軽やかで程よい塩味で飽きずにパクパク食べられる。仕方なくでもなく、贖罪でもなく、ただ買いたくて買った。美味しいから買った。これからはそう思える。曇りのない気持ちでうす焼き煎餅と向き合ってける。善逸くん、ありがとう。

最後に一言。

うす焼き煎餅プチが好きだ!!大好きだ!!


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