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そこにないものを味わう
鮭に醤油で下味をつけ、片栗粉をまぶして揚げる。私たちのお店では、ここにキノコのあんかけを乗せて秋らしいおかずっぽく仕上げています。このキノコをかける前、いわゆる「竜田揚げ」を見るたびに、私はいつも不思議な気分におそわれるのです。
そもそもの語源としては、白っぽい粉と醤油の赤みがかった色の組み合わせが、紅葉の名所として歌枕にもなっている竜田川を思い起こさせる、というところから。たしかにそのコントラストは綺麗ですし、充分に季節を感じさせてくれます。
しかしよく考えてみると、私は竜田川の風景を知っているわけではありません。竜田川そのものでなくても、「川一面に紅葉が散り浮かぶさま」を実際に目にしたことだってあったかどうか…。
もちろん写真などで似た風景を見たことはあるでしょう。でも竜田揚げが私に思い起こさせる風景は、そんなビットで確定されるようなリアリティとは縁遠いものなのです。
頭の中で勝手につくりあげた百人一首の世界。そんないにしえのイメージは曖昧でしかないくせに、なぜか私の心には手応えのある現実感を持って立ち現れてきます。毎年感じる秋の気配と相俟って、まるで昔から知っていた景色であるかのように。
食は目で楽しむという一面もあります。これは実際に口にする前に思い浮かんだイメージも、味の重要な要素のひとつになるという意味でしょう。ならば、網膜に映る像をイメージへと橋渡しする工夫がもっとあっても良いのかもしれません。
たとえば言葉。記憶の扉を静かにノックするような。
もしかしたら鮭やキノコという秋の味覚も、より深く心に届けることができるかもしれません。こんなことが頭を過ぎるからでしょうか。近ごろ、揚げた鮭にキノコあんをかける時、すこし躊躇があったりするのです。
秋ですね。
五感をいっぱい使って、季節を楽しみましょう。
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