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ふつうのマーボー

新しいメニューについて妻と話していたら、面白い提案をしてくれました。

「なんかさ、普通の麻婆豆腐やりたいなあ」

なるほど、あれか。と私はすぐ頭に思い浮かびました。本場っぽい花椒が効いた辛いやつでもなく、いわゆる町中華のそれでもありません。ごろごろ豆腐とひき肉のシンプルな炒め煮です。

とくに私の家で、その料理を麻婆豆腐と呼んでいたわけではありません。ふだんの食卓にならんでいる、名前のないメニューのひとつです。

もちろん一緒に暮らしている私になら、麻婆豆腐と言えば伝わるだろうという確信があってのことでしょう。だったら麻婆豆腐を補足する言葉は、「いつもの」の方が伝わりそうです。

でも妻が使ったのは「普通の」。面白いと思ったのは、このニュアンスが私の家族以外の人にも伝わりそうな気がしたことです。

マーボーという名のもとに

あばたのお婆さんが初めて作ったという麻婆豆腐。この料理の評判が立ったとき、麻婆豆腐の普通は間違いなくこのお婆さんの味だったはずです。

中国でどんどん広まっていくなかで、きっと各レストランはそれぞれのアレンジを加えたことでしょう。そして海を渡り日本に紹介されたとき、国民性に合わせてさらに大きな変化があったはずです。

私が子供だった、昭和が終わりかけようとする時代には、多少の幅はあれど麻婆豆腐と言えば町中華で提供される味に定着していたように思います。それが再び分岐していったのは平成に入った頃からでしょうか。

あくまで私個人の印象ですが、「いやいや、四川では元々こういう味だった」とか「こんな工夫でさらに美味しくなるよ」といった提案が活発になり、様々な麻婆豆腐を口にする機会が増えました。

私のお店でも、柚子胡椒を加えた麻婆豆腐を出しています。食べる人それぞれが「いろいろあるけど、私のお気に入り麻婆豆腐はこれだな」と選べるのが、いま現在、令和の麻婆豆腐環境である気がします。

なのですがここに来て、「普通の」と聞いたときに、多くの人が思い浮かべる共通の麻婆豆腐もあるのではないか。妻の言葉を聞いたとき、ふと、そんなことを考えたのです。

「普通」だからこそ心に刺さる?!

家の冷蔵庫を見たときに、「あ、今日は麻婆豆腐かな」と有り合わせのものを組み合わせて料理されたおかず。あまり飾り気もないけれど、肩肘も張らず素直に美味しいなあと思えてしまう味。これを時間的にも空間的にも、元祖とは遠く離れた場所で「麻婆豆腐」と言い切ってしまう面白さって、分かっていただける人も少なくないのでは、と思ったりしています。

さて、新しいメニューとして「普通の麻婆豆腐」は登場するでしょうか。なるべく多くの人が、思わず頬を緩めちゃうような共通する味を探りたいなあ。ぜったいに美味しいから!乞うご期待です。

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